キャラバンシューズでひも解く登山靴の歴史

マナスル世界初登頂

戦後日本における登山隊の意義

1956年に日本山岳会の第三次隊が、世界で初めてマナスル登頂に成功します。戦後日本の復権を掛けた国を挙げての一大事業であったようで、苦難の上にこの偉業が成し遂げられたと聞いています。

第二次世界大戦が終わって10年もたっていないこの時代、52年の当時で全14座ある8,000m峰のうち、アンナプルナI峰をフランス隊が登頂しただけでした。この翌年の53年に、エドモント・ヒラリーがエベレストを征してます。そんな時代の中で、戦争に敗戦した日本にとって、残りの13座のうち、ひとつを獲ることは至上命題になっていたんですね。

 

キャラバン創始者 佐藤久一郎

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この日本の第三次隊を率いたのが、隊長を務めることになる槙 有恒で、彼の後輩にあたるのが、のちにキャラバン社の前身になる山晴社を創設する佐藤久一朗だったんです。

この時に槙が佐藤に「登山隊がカトマンズからベースキャンプまで移動する為の靴を作って欲しい」と依頼をするんです。もともと手先が器用だった佐藤は、山や街で履く靴を自身の手で作ってしまうようなところがあったんですね。その精度の高さを知っていた槙がマナスル登山計画の支援隊のひとりに佐藤を指名したようです。

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