これはチベットに暮らすある家族の物語。
「冬虫夏草」
漢方の高級生薬とされ非常に高値で取引される。その産地はチベットの標高5000m地帯であり、一年の内、五月初旬からおよそ一ヶ月半しか採取ができない。この時期になるとチベット人は家財道具一式を持ち、子供たちも含めて一家全員が山に入り、テント暮らしをしながら日々採取に励むのである。
採取を行う山の環境は過酷そのものである。強烈な紫外線で肌が焼けるように暑かったかと思えば、急に雹や吹雪という極寒の環境に変化する。それはまるで一日の内に四季が存在するかのように。

本写真集は、五年間の歳月を費やして現地の人々と信頼関係を築き、三ヶ月の密着取材を行ったドキュメンタリー作品である。採取のため山に入る準備、標高5000m地帯での採取、下山後の冬虫夏草の販売といった過程を網羅している。
しかし、冒頭に述べたように、本書は冬虫夏草採取を通したチベットに暮らすある家族の物語である。
一家六人の家族と、その親戚たち。チベットの美しくも厳しく広大な大地での彼らの暮らし、家族との絆、そして、大地に生きるヤク、チベットナキウサギ、マーモット、ムネアカイワヒバリといった動物たち。
チベット仏教の印象が強いチベット。しかし、本作を通じてチベットの文化や生活、そして広大な大自然についても知っていただく手助けになることが出来るならば、そんなことを思いながら制作した一冊である。
写真集『虫 草 - チベット・極限の標高5000m地帯で冬虫夏草を採る人々 -』
https://www.tetsuokurita.com/shop/

辺境写真家 栗田哲男 TETSUO KURITA
愛知県名古屋市出身。経営学修士。中国語はネイティヴ並みに堪能。中国在住17年の経験有り。日本の上場企業の海外駐在員を、現地法人社長として長く務めた後、フリーランスの写真家に。特に秘境・辺境地域に暮らす少数民族の写真を文化人類学的な側面から捉えることを得意とし、『辺境写真家』という呼称で活動。また、大学やイベントなどにおける講義、講演並びにテレビ出演なども行っている。