オルトボックスのショベルは、学生時代に通販で購入して、今日まで愛用している。
昔、渋谷のパタゴニアでぼくはアルバイトをしていたことがあるのだが、そこで同世代の友人ができた。彼は当時バックカントリースキーに執心しており、「雪山に行くんだったら」とオルトボックスの製品をぼくに勧めてくれたのだった。もう10年以上前になるが、そのときに購入したのが、写真のショベルである。
ブレードには、プラスチックが採用されていて、きわめて軽量。滑り止め加工されたシャフトは二段階に長さを調節できるようになっていて、グローブを付けたままの操作も容易だし、ザックに付けるのも簡単だ。
2016年6月、アラスカのデナリに単独で登った際も、氷河に降り立ったときから5200メートルの最終キャンプまでこのショベルを携行し、毎日使用した。行く前は、アルミのほうが頑丈でいいかもしれないと思ったのだが、このプラスチックの軽量なタイプで十分だった。というより、やはり1グラムでも軽いほうが登山のときにはいい。重さはすべて自分に苦労という形で降りかかってくるのだから。
オルトボックスのホームページを見ると、新しい製品がいくつも出ていてより使いやすくなっているようだが、製品の根幹は変わっていない。この赤いショベルをぼくは今後も使い続けるだろう。
ちなみに、東京でまれに雪が降った際、うちの両親がこのショベルを使って雪かきをしていた。60歳を過ぎた山とは無縁の両親でも扱いやすい軽さであることを付け加えておく。
石川直樹自らの愛用品を、旅のエピソードと語るエッセイ
極地を旅する写真家はどのような道具を使っているのか?
地球上のあらゆる場所への旅と独自の表現で注目される写真家・石川直樹が、2015年、ヒマラヤの8,000m峰、K2登攀に携えた愛用の道具を紹介する。装備や衣服はもちろんのこと、テント内での娯楽、食品や日焼け対策用品まで、すべての道具の、愛用の理由を綴った体験的道具論。K2登攀記も収録。