王滝村は木曽谷と呼ばれる木曽川上流の流域に位置する山深いエリアにある。木曽川に流れこむ王滝川は、この王滝村の中心を横切るように流れる透き通った水が輝く河川で、ネイチャーカヌーツアーなどが盛んに行われている。
この幻想的な川を形成しているのは王滝川に流れ込む支流群で、北は御嶽山をメインに、南からも多くの山から透明度の高い水が流れ込んでいる。その支流の数は木曽川の渓流マップをみれば一目瞭然で、沢山の美しい渓流が王滝村の中心部から比較的アクセスしやすい場所にある。
僕たちは事前に釣果を見込める渓流に関する情報収集を行い、ある1つの支流に目を付けていた。大瀬くんにこの事を話してみると、地元の人たちもよく渓流釣りを楽しむ場所だという。
アクセスしやすいという事はそれだけ多くのテンカラ師やフライフィッシャーが訪れている可能性があるということ、支流の入口からどこまで距離をのばし一般の釣り人が入りづらい源流域まで足を運べるかが釣果にも結び付く。
大瀬くんは王滝村で開催されるお祭りの準備があるので支流入口でお別れ。ここから初めての山域に足を踏み入れる。
今回は渓流沿いで野営をする可能性が高いため、マウンテンカラ部メンバー3人は野営をするための装備、食材、お酒を分担して持ち歩く。
マウンテンカラで楽しむ各々のシューズ
毎回悩みの種となるのはシューズ。源流域だから水の冷たさが気になるところだったけど、みんな毎度のようにネオプレーンソックスにトレランシューズという出で立ち。しかしながら今回も異彩を放ったのはナミネムくん。
彼が履いてきたシューズはサロモンS-LABのNEWモデルXA AMPHIB。これヨーロッパで現在人気を呼びつつある、スイミングとトレランを組み合わせたスイムランというスポーツ用に開発されたもの。
ナミネムくん曰く、排水性に優れたメッシュ構造だから、水に濡れても重たくならずに乾きやすい水陸両用で、ソール周りは長距離のトレランを想定した仕様。更に軽量化が図られている上に、アウトソールは岩場などに対応するグリップ力が備わっているという。
高橋くんも仕事柄、このシューズのことは知っていて目を付けていたという。そんな高橋くんはイノヴェイトの大注目シューズ トレイルロック270。テクニカルな場面でもロングトレイルでも頼りになる作りで足裏の突き上げを軽減したコンフォートモデルだという。
僕は普段から履きなれたALTRAローンピーク3。以前より乾きの早さもさることながら、グリップ力にも優れていると感じていたためこれを選択。木曽駒ヶ岳のファストパッキングから、御嶽山でのトレランも、今回のマウンテンカラに含まれていたので、『履きなれた』という考えは重視したかった。
各々のシューズ考を楽しく話合いながら歩いていると、林道は幾つかの分岐点に差し掛かる。あっちこっちと渓流に降りては魚影をチェックしたものの、興奮するような景色には巡り合うことが出来なかった。今までの経験上僕たちの悪いところは、『早くテンカラをしたい!』という欲求に駆られて、魚がスレている可能性の高い源流域のより手前から釣りをはじめ、結果見事な釣果に巡り合えない事。
だからとにかく奥へ奥へ、今すぐ釣りだしたい衝動を抑えながら、そして熊の出没に怯えながら先へと進む。
ある支流に差し掛かった時『どうかな?』と上から渓流にあるプールを覗き込むと魚影が濃い事を目視できた。すると高橋くん「ここから入渓してテンカラはじめよう!」と、鶴の一声でスタートする場所が決定した。
待ちに待ったテンカラスタート
渓は頭上が非常に広がっていて竿が振りやすそう。それぞれ思い思いの毛ばりをセットしていざ出陣する。
ナミネムくんが選んだ毛ばりは逆さ毛ばり、一方高橋くんはエルクヘアカディスと呼ばれるドライフライ。僕はパラシュートアントと呼ばれるドライフライでスタートした。
逆さ毛ばりというのは毛ばりが水面に浮かずに沈むというもので、水面を見ていない魚へのアピール度が強い。ドライフライは逆に水面に浮くもので、エルクヘアカディスはトビケラという虫を模しており、パラシュートアントは蟻を模している。
食いっ気が上がり水面近くの虫を狙いに来た魚を釣るにはうってつけだ。
この季節における、この渓流域の魚たちがどのような虫を好んで狙っているかによって釣果の差が生まれてくるのだけど、以前マウンテンカラチームメイトのムッチーくんに聞いたのは『源流域に入ると虫も少なくなるから、食欲旺盛な夏であれば魚はなんでも食べるよ』ということだった。逆に下流域は流れてくる虫の種類も豊富になるから、魚は餌を選ぶようになってくる。
毛ばりの種類だけじゃなく、しっかりと狙った場所に毛ばりを落とせるか?また、毛ばりを落とす前に魚に自分の存在を気づかれないように近づくことが出来るか?というのが大きなポイントとなる。
時には這いつくばり、時には岩の陰に隠れ、魚影がチェックできれば、そのポイントに的確に毛ばりを投げ入れなければならない。
こうして最初に釣り上げたのは高橋くんだった。『釣り上げた時の毛ばりは何?』と聞くと『変わらずエルクヘアカディスだよ』という。ここで僕は持参のエルクヘアカディスに変え引き続き進んでいく。
岩陰からプールを除くと大きな魚影に目を見張る。ここだ!と思った場所に毛ばりを投げ入れると、すぅすぅーっとイワナが近づいてきた。そしてパクッと毛ばりを咥えた瞬間に引き上げ釣り上げる!とはいかずに上手に合わせることが出来なかった。『悔しい!』
不思議な木道を通り野営場所へ
結果は高橋くん2匹に対して、僕とナミネムくんは釣果なしという結果に終わった。
10時からスタートしたテンカラは気づいてみると16時。今まで歩いてきた渓を戻る時間も計算に入れるとここらで終了しなければならない。いや、少しおそいくらいか…あせりを感じた僕たちが顔をあげると、崖の上の茂みのなかにうっすら古い木道がみえる。
この渓に降りるときも見た木道だったので『あの木道を使えばもと来た場所へ戻れるはず』ということで、山肌を駆け上がり、木道を使いもと来た場所に向かって歩いていく。
先頭は高橋くん、そしてナミネムくんに僕と続く。誰が決めたわけでもなかったが、この順番で歩いていくと、曲り角の先が見えない場所で高橋くんが「うほほ~!」と叫ぶ。
『なになに!?どうした?』と聞くと、『曲がり角で熊と鉢合わせなんて嫌だもん!』と大声を出したという。笑いに包まれた一行に熊は気づき逃げ去ったかもしれない。
次に高橋くんの「うひょ~!」という驚き声に驚いた僕が見たのは崩れた木道。『落っこちたらおしまい』なここを通過しなければならないのには驚愕した。写真では伝わらないのが残念だ。
こうして事前にチェックしていた野営場所に到着した僕らは、一夜を明かすための準備をはじめる。
今までのマウンテンカラよりもさらに深く、明かりも何もない山の中で野生動物の息吹をビンビンかんじながら一夜を明かす、このドキドキ感はきっと一同一緒だったと思う。獣の存在感が際立っていた。
『渓流で釣りを楽しんでいた最中数十匹の猿に囲まれていることに気づいて死を予感した』とか『聞いたことのない獣の声に不安を掻き立てられて寝ることが出来なかった』とか、野営時の不安を煽る情報だけを知っていた僕は、不安を感じながらも同時に楽しみも感じていた。
この暗闇で過ごした夜は一生の思い出になるだろう。次は最後になる野営の模様をお届けする。