05 | 致死量の雪
こんなにもゆっくりと山を楽しんでいるのはいつぶりだろう。
雪山歩くのすごい疲れるんだ。普段より靴も重いし、歩きづらいし。景色が綺麗で写真が撮りたいからというのも嘘じゃないけど、普通に疲れるからすぐ休憩したくなる。
にしても、歩いても歩いてもこんなにも景色が変わらないカールの中で、「疲れたから」と休憩を20回しても飽きないくらい、普段の過ごす街と比べて異世界すぎる。
みんなが踏み固めた(と言っても足跡ぐらい)ところが一応道になっているので、休憩するときは脇のもふもふ雪にダイブして、テディベアのように座る。背中に木曽駒ヶ岳を背負って、八ヶ岳を見渡しながら。
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雪を踏み締める感触って気持ちいい。昔は雪の降らない埼玉で、雪が降るニュースを見るたびにテンションが上がっていたけれど、ここ数年それがなくなった。登山を始めてから、雪が見たければ雪があるところに行けばいいと知った。紅葉も桜も同じ。見たければ、それがあるところに自分で行けばいい。
こんなにも気持ちがいい雪質、こんなにも誰にも侵されていない、降ったままの雪面。ちょろりと降った雪に、6年生が散々遊び尽くしてべちょべちょになった校庭とはわけが違う。ぜーんぶ私たちの雪。でも、私たちも遊び尽くせないから、明日来る人の分もちゃんとあるよ。
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06 | ヘルメット事件
テディベア休憩をしながら、何人もの人が私たちの横を通り過ぎていくのを見送った。でも全然焦らない。だっておっさーが何度も「ま、時間はいくらでもありますから」と言っていたから。
休憩中、お尻が冷たくなったので、ザックの中に入ってるマットを取ろうとして蓋を開けた。そしたら、ザックにつけていたヘルメットが解放され、そのまましゅるるる〜〜〜と気持ちよく雪面を滑っていった。大ピンチです!(あと10分で♩)
こういう時に人は本来の運動神経を発揮するものだと思っているのだけど、私は自分の元から放たれたオレンジ色のヘルメットが坂を滑走していくのを、微動だにもせずに「あああ〜〜〜」と言いながら見ていることしかできなかった。おっさーや大地くんは私より下にいたのでなんとかキャッチを試みてくれたが、調子よくヘルメットに交わされキャッチ失敗。
ジュンがすかさず「私とってくるよ」と言ったけど、おっさーが「俺いってくるよ!マジで大丈夫!」と言って、二人が何度かその攻防を繰り返し、最終的により下にいたおっさーが先にヘルメットに向かって走り出した。なんで当事者じゃない二人がどっちでいくかで揉めてんねん。
おっさーは私がヒーヒー言いながら牛歩のごとく歩いてきた道を一瞬で降りていき、すぐにヘルメットと同じくらい小粒になった。小人がヘルメットをゲットしたことは上から確認。わ〜〜ありがとう!!君はヒーローだ!!!
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おっさーが体力があるのはお墨付きらしく、みんなはおやつなど食べながら優雅にお茶していたが、私は流石に当事者なので、おっさーが帰ってくるまでは何も食べないでおこうと我慢した。
帰ってきたら汗だくのおっさー。ありがとう、と言ったら「いい運動になったからむしろありがとう」と言われた。いいやつすぎてもはや変。(ありがとう)
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07 | 別行動
ヘルメット救出も無事済んだので、そろそろ歩き出し。
そしたら、ひなこちゃんの体に異変が。高山病かな?一気に標高が上がったので、体調が悪くなってしまったらしい。こんな景色の中でかわいそうに・・・と思う反面、ゆっくり休むにはこんな最高の景色はもってこいかもね。保健室のベッドより、ここにいた方が絶対に体調良くなるよ。
しばらく一緒に休んだりしていたんだけど、ずっと近くにいられるのもプレッシャーだろうと勝手に決めつけ、私とジュンと大地くんで先へ進むことに。行ってきまーす!
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そこから先は、ひなこちゃんがいなくなってしまったので休憩する言い訳ができず(さっきまでひなこちゃんのおかげで十分に休めていた)、頑張って登るしかなかった。ジュンが「ピッケルを指して1、2だよ」と教えてくれて、その通りにしたら少し登るのが楽になった。
下から見たときには大分上の方にあったグレーの岩が近づいてくる。一箇所、岩が剥き出している場所があって、人魚の入江のような休憩スポットに見えたので、そこに座って休むことにした。私には最高の椅子に見えたけど、私以外誰も座ってなかったので今考えると私が休憩したかっただけの可能性高い。
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山頂から降りてきた人に、「今日は風がなくていいですね。山頂はさわやかに風が吹いてますよ」と言われ、山頂行ったら爆風なのかと覚悟していたから嬉しくなった。頑張るぞ。
大地くんとJPで登ることになったので、私の根掘り葉掘り病が発動し、色々と彼の人生や価値観について質問しながら登った。私が思うに、大地くんは「凪」の人。とっても静かな空気感。でも若干言語化が苦手で自分のことを全て「インキャ」で片付ける癖がある。
雪に一歩一歩、ピッケルを突き立てながら、着実に青へと近づいているのがわかる。雪山は忙しい。使うアイテムが多くて大変。動画撮りたいし、写真撮りたいし、でも手袋しているからすぐにはできないし。とんでもなくまごまごする。私に片想い中の人が見たらカエル化する。
帰りの車でジュンに「雪山ってすごく疲れるよね」って言ったら「そう・・・・だね」と言われたので、どうやら私のレベルがまだ低いだけらしい。慣れていけば改善するなら未来は明るいぜ。
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08 | ここが山頂
山頂エリアに着いた!山頂の「さわやかな風」期待していたけど、本当にそよ風が吹く程度。「本当にさわやかだー!」とみんなで感動してハイタッチする勢い。
さっきまで見えなかった木曽駒ヶ岳の山頂群が一気に見渡せる!素晴らしい景色。ここまで来れておめでとうって言われているようだった。宝剣岳の頂上に立っている人、とてもとても絵になっていた。雪山のポスターみたい。
ジュンに、夏の時はあそこまで行ったねと言われた。全然覚えてない。ていうか、雪で埋め尽くされて同じ場所にはとても見えない。
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今日目指す中岳はまだその向こうらしいと気づいて進んでいたら、誰かが突然「ロープウェイの最終って何時だっけ?」と思い出して、ちょっと焦った。3時台だったことは確か。今ちょうど2時。え、やばいかも?
ということで、ピークハントをせずに帰ることにした。初めて山頂行かなかったな。でも全然悔しくない。こんなにも雪山堪能していて、こんなにも天気が良くて。これ以上何も望まないよ。
傾いた太陽に照らされて、大気中にキラキラ輝くものを見つけた。ダイヤモンドダストだ。家の中で埃が待ってるのにはうぎゃって思うのに、それが雪ならこんなに幻想的。背景に濃く影ができているところには、余計にキラキラが強く映る。写真にも撮ったけど、画角には入らないときめきがある。これはこの場所に、交通費と雪山装備費を使ってきているご褒美。
雪面にできたシュカブラは、山頂エリアでは特に多様なデザイン。波のようになっているところもあれば、等高線のように見えるところもある。本来であれば風の強い場所なんだろうなと想像。そよ風の今日は本当にラッキーだな。
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09 | ただいま
なぜか電波が入るので下にいるおっさーたちとラインができた。ロープウェイは15時50分らしく、それなら余裕だね。でも下山も楽しみたいから、ゆっくり降りようか。
降りている途中で、前からおっさーが現れた。
「みんなが降りてくるって聞いたから、すぐそこだから迎えにきた!」とのこと。せっかくなら乗越まで行って景色みてくれば?と伝えておっさーを見送る。あの調子ならすぐ帰ってくるね。
下山はもふもふ雪に包まれて楽勝だよ。ピッケル大事だけど、そのピッケルが邪魔なくらい。トレースあるなし関係ないもんね。気持ちよく滑り降りていたら、ひなこちゃん発見。おーい!ただいまー!
走って向かう。でもうまく走れない。めっちゃ足遅い人みたい。バレーボールやらなかった世界線の自分の運動神経。
ひなこちゃん、ずっと待っててお尻冷たいだろうな。でも近くまで行ったら、めちゃくちゃ笑顔だった。「オサダと踊ってたんだー!」って言ってた。ご機嫌で可愛い。ひなこちゃん暇すぎておっさーにダンス仕込んでたんだ、と思ったらおっさーが「ダンス教えて」って言ったらしい。ひなこちゃんの苦しいときに、ひなこちゃんの土俵で会話するあんた素敵すぎるよ。
お尻冷たくなかった?って言ったら「もうわかんない」とニコニコしながら言ってた。
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おっさーもいつ戻ってきたかわからないくらいすぐに戻ってきた。「ちゃんと行ってきたよ!」とご丁寧に証拠写真まで撮って。
ここからは久しぶりに5人で歩く。確実に夕方が近づいて、朝はできていなかった山の影が、カールに落ちている。朝下から見えたグレーの岩が、今ギザギザの影を作ってる。すごく長い時間ここに滞在していたのだと思った。同じロープウェイ代で、ものすごくお得だね。
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10 | 木曽駒ヶ岳に夜が来る
ロープウェイ乗り場に隣接して、木曽駒ヶ岳にはホテル千畳敷がある。気持ちよく滑り降りた後の若干の登りをやっとの思いで登りきり、顔を上げたらホテルの2階からカールに落ちた影を眺めている人影があった。このまま夕陽が沈んでいくところを、この標高2612mで眺める。ここから眺める星空は、どんなだろう。外を見ようと窓を開けたら、顔の産毛まで凍るんじゃないかな。
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最終便の1本前のロープウェイに乗った。もう時間ギリギリなので、またすっごく混雑。朝と同じ辛さを体感した。バスに乗って下山。ひなこちゃんはまた気持ち悪くなってたけど、駐車場に着いた時には自力で回復してすっかり笑顔になっていた。
この時点でもう17時近かったけど、明治亭でご飯を食べて、温泉まで入った。
おっさーと大地くんがアルカリ泉について力説しているの面白かったな。
帰り道夜空を見上げたら、今日の木曽駒ヶ岳の青空と全く同じ色だった。やっぱりあの色は見間違いじゃなく、群青の空だった。雪山の青空の正体は、夜空だったのですね。
ホテル千畳敷の光がポツリと光っていて、木曽駒ヶ岳の一番星だった。
登山を始めて3年になるが、こんなにのんびりと山行を楽しんだのは始めてだった気がする。いつも登ってピークハントして、下山したらマック買って風呂も入らず一目散に帰ってた。遅くなると渋滞にハマるからと思っていたけど、20時に駒ヶ根を出た今日は全くハマらずスイスイ帰れた。目から鱗。
みんなは基本的にいつも、こういうスタイルで山をやっているらしい。
山に登って、下山活動をたんまり楽しんで、ゆっくり帰る。その日1日が旅で埋め尽くされてる。登山に行く日を特別スペシャルな日と置いて、そうやって楽しむの、すごくいいなって思った。
新しいお友達に出会うと、新しい山の楽しみ方とか、新しい表現とか、教えてもらえる。
自分の山への解釈がもっともっと広がって、深く自由になる。
ずっとジュンと山に登っていた。そういう山行も好き。でも、新しい価値観を教えてくれる、新しいお友達ができて、世界の彩り輝きが増す。
自分にできることを返したいと思って、私は文章を書いています。
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