01 | オンザサン
おぐらさん、とは読めなくないか。長野県にある標高2,112m日本二百名山「御座山」、誰がどうみても「オンザサン」だし、絶対そう読んだ方がいいし。
御座山には3年前の春にジュンと訪れているが、その時はそれはもう清々しいほどガスガスで、白い壁に囲まれたジムのウォーキングマシンに傾斜をつけてトレーニングしたのと同義であるような山行だった。ガスで上塗りされた景色と同じように、その時のエピソードも感情も何も記憶に残っていない。ただ、3年前も今と同じように「どう考えてもオンザサンの方がいいだろ」と思った。
「御座山はガスに包まれし山」と自己中心的な解釈で二百名山マップにピンを立てたものの、登山好きの母から「御座山は私の一番好きな山」と言われてしまい、まじか〜となった。「一番好き」の裏側にはきっといろんなエピソードが含まれるのだろうが、毎週登山に行く母がそこまで言う山、いつかはリベンジしないといけないな。そして今回訪れた、御座山リベンジの機会。今回はきっちりと晴れを狙って。
冬になると、栗生登山口からのコースでは氷瀑になった「不動の滝」が見られるらしい。うん、晴れてれば山頂の展望はマルとして、もうひと要素あったらリベンジにはかなり有効だね。「あのガスの御座山かあ…」の気持ちの盛り上げ役には十分。今の時期ならチェンスパで行けるようだし、いつもの雪山みたいに疲れずに登れそうだ。期待。
02 | 幼馴染
今回は私の地元の友達、山男と初めてサシでの登山。地元寄居町を出た私にとって、今でも定期的に会う超貴重なお友達。山男(やまおとこ)、というやばめのあだ名でずっと呼んでいるのは、高校時代私がYouTubeの相方ジュンとバレーボールに勤しむ頃、彼が山岳部にて活動していたから。ふざけて「山男」と呼び始めた15年前、まさか自分が山女になっている未来なんて1ミリも考えていなかった。ちなみに彼は今ザックすら持っておらず、今日は私の使ってないボロボロのザックをレンタルしている。
彼とは3年前に夏の安達太良山に一緒に行った。なにしろマイザックすら持っていないので私に便乗するしか山に行く手段がないらしい。なので、山男は約3年ぶりの登山。山男のくせに。
各々の手段で実家まで移動し、寄居の街中で合流する。私は実家に寄った時、朝からお父さんに会って「ありがとね、丹沢の本」と言われ、恥ずかしくて「あー、うん」と中学生男子みたいな反応をしてしまい、もっと恥ずかしくなった。別にあの本父さんのために作ったんじゃないんだからねっ。
山男と合流して、佐久ICまで車を走らせる。どっからどう見ても晴れだなこりゃ。だいぶ日の出の時間が短くなった気がする。冬の朝の得体の知れない寂しさを、今日は感じない。
山の名前をよくわかってない人が助手席に乗っているのをいいことに「あれが浅間山だよ」「あれが妙義山だよ」と私でも言えそうな山の名前を得意げに教えてあげる。間違っていてもどうせバレないので、堂々と言い切った。
03 | 今日から3月
春夏秋冬と四季がグラデーションのように移り変わる中でも、それを月で区切るなら2月から3月が一番はっきり季節変わるような気がしませんか。3月って、もうさすがに春だよね。カレンダー作る時、2月は冬の絵にするのに3月はみんな春の絵にしますよね。今日は3月1日。春の始まりの日であり、それを証明するかのように今日はとても暖かい。車で街を走りながら、窓を開けても全然大丈夫。1月頭に榛名山行った時なんて、5秒窓開けてただけで体が冷え切ったのにさ。
今目指している栗生登山口は、南相木村から入る。村の家々を見て、「こういうところに来ると、ここに住んでいる人がいるの不思議って考えちゃうんだよなぁ」と東京のど真ん中しか住んだことなさそうな人みたいに埼玉県民二人で堂々と話す。誰かに聞かれたら「調子に乗るなお前の地元も変わんねーだろ」と言われる。私もそう思うし。
準備をして登山を開始しようとしたら山男に「おお〜、なんか慣れてる人っぽい!」と佇まいを褒められた。ぴんとこないが、確かに私も日々ジュンに同じこと思ってるから、そういうことなんだろうな。
今日はあったかいので、駐車場から登山口まで歩く頃にはすっかり暑くなっていた。こんなにレイヤーいらなかったか、もっと服置いてきたらよかったな。山男は早速半袖になっていたし、脱いだ服が嵩張りすぎて私が貸したザックが初手でパンパンになっていた。めちゃくちゃ初心者って感じして安心する。

04 | 久しぶりの山歩き
登山口の看板でなんとなくコースの全体像を把握する。あ、もちろんYAMAPも起動しているよ。以前来たコースだし、一本道だし、今日は迷うことはなさそうだな。

今日御座山に行くとジュンとお母さんに報告したら「気をつけてね。最近滑落多いから。」と二人から言われ、今日なんか起こるんじゃないかと心の中ではびびっていた。私が大丈夫だったとしても、山男が滑って捻挫とかしたら運べないぞ。一応登山経験者だし元々落ち着いた人だから大丈夫だろうけど、この人もめちゃくちゃ慎重な気持ちにさせておいた方がいいな。ということで、至る所で私の慎重さを見せつけ背中で学ばせる作戦を取ることにした。具体的には「ここ滑るから気をつけよう」「最近滑落事故が多いらしいよ」「お母さん山頂のこういうところで死亡事故目撃したことあるんだよ」などという情報を登山中に散りばめてびびらせる。山男は元々慎重な性格なので、見事にびびっており作戦大成功だった。ちょっとかわいそうなほどに。
山を歩くの久しぶりな感じがする。雪山ももちろん山だけど、赤城とか木曽駒ヶ岳とかは雪の上を歩いている感じだから、山の上を歩くのは2ヶ月ぶりくらいかな。散らばった足元も枯葉たち、細かくパターン化していて、鮮やかじゃないけどこの地面のデザイン。晴れてると、木漏れ日のレイヤーがもう1枚そこに足される。この景色が最高に山ですね。
何へ続く道なのか名前もわからないけど、隣の山の盛り上がりには地面に雪が残っていて白い。雪山では木にも雪が乗っていたり、木ごと凍って樹氷になっていたりするけど、ここでは木は普通の顔して生えているのに地面だけが白い。背景の色間違えて塗り足しちゃったみたいで、面白い。

久しぶりに山の上を歩いているから、地面の柄が面白くて下ばかり見ていたら、鹿のフンだらけのエリアに来て「流石に鹿のフンありすぎて避けて通るのむずいな」と思っていたら、登山道から外れたところをしばらく歩いていたことに気がついた。鹿のフンがありすぎるところに勝手に立ち入ってるのは私の方でした。今日はジュンがいないから先導してくれる人も間違えてたら教えてくれる人もいないということを序盤に再確認し、改めて地図を握りしめた。
山男は登りの間もずっと元気で、今日ここに来られた喜びを噛み締めているように見えた。歩き始めてから自分が山岳部だった時のエピソードがどんどん出てきて私に語っていたので、山を歩くことが山岳部での思い出とリンクして、青春時代の記憶の蓋が開いたのだと思った。同じ景色じゃないはずなのに、山を一歩歩くごとに当時の記憶がミュージックビデオのように、ハイライトになって鮮やかに頭の中に流れる。その時に自分が思い出すところって、景色っていうよりもその時の感情なの、なんでなんだろうな。楽しかったーとか怖かったーとか、頭でなく心が受けたダイレクトな思いをそのまま冷凍保存していた感じ。今日山を歩くことで、山男が青春と邂逅できているのなら、それだけでもう十分今日来てよかったになると思った。
