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山のモノ Wear / Gears

山のコト Experiences

焚火の遠景
2025.04.08
テントと雪洞

テントと雪洞

久しぶりに長期の雪山に行ってきた。テントで9泊し、そのうちの8泊は樹林帯にできた雪庇の斜面に雪洞を掘って、その中にテントを建てた。そのうちの6日間くらいはひたすら天気が悪く、雪洞の中で寝るか食べるかして過ごした。目的は谷底の向こうにある岩壁を登ることだったが、取り付くことすら叶わなかった。

外は毎日吹雪で、入り口(我々は玄関と呼んでいた)が雪で埋められてしまうため、体操がてら除雪をしたり、日々雪の重みで沈んでくる雪洞の壁面を削ったりした。山にいるはずなのにずいぶん運動不足になった。

今回のテントはシングルウォールだった。一般的にシングルウォールは外気との気温差に弱い。しかし雪洞の中に設営すれば外気に直接触れないため快適である。シングルウォールを樹林帯で張るとテント内壁に発生する結露で色々なものが濡れて不快になる。

雪山のテント泊は毎日決まったルーティンワークをこなすだけでも案外忙しい。雪を溶かして水を作り日に五回は茶を飲む。茶を飲むにも寝床を用意するにも三人全員が一緒にコトを始めなければならない。出入口への位置関係によっては排尿もテント内で行うことが多く、ここでもコトは慎重を求められる。

雪洞泊で怖いのは酸欠である。密閉された空間に集まって火を焚いているのだから当然である。時々テント床面近くでライターを焚いてみる。二酸化炭素は空気より重く沈むはずなのでライターの火付が悪ければすなわち怪しいということになる。一酸化炭素は無味無臭らしいので意識的にチェックをやらないと知らぬ間に倒れることになる。

ところが今回の雪洞は酸欠には無縁だった。なぜなら積雪が十分ではなく、雪洞の床が藪の地面に当たって石楠花やらの灌木の枝が見えていた。そこから新鮮な酸素が常に供給されているらしかった。

道中、ウサギの足跡をたくさんみた。一見、生命を拒むかのような冬の北アルプスだが、雪は断熱材でもあり保温剤でもある。密生した灌木や巨木、巨岩の中には雪が吹き込まない空間が必ずあって、ウサギもテンも雷鳥もその中で冬眠もせず過ごしている。足跡から察するに、ウサギは時々は外へ出てきて若枝の皮を齧ったりしている。降雪と共に地面が高くなるため日々新しい若木に手が届くようになるため食には困らないらしい。

テントは本来、ユーラシア大陸の内陸部に住む遊牧民のものだ。内陸のステップ気候では降雨量は少なく、樹林は形成されない。定住すれば羊や馬が周囲の草を食べ尽くしてしまう。彼らにとって家畜は所有物だが、土地を所有するという概念は基本的に生まれなかった。

モンゴル帝国も風塵のように騎馬によって隣国に攻め入りこれを支配はするものの、恒常的な収奪機構を備えた官僚組織を作ることはその民族の性格上行われなかった。遊牧民にとって生きることは漂うことであったろう。一切合切を馬の背に乗せて羊を追いながら新しい土地を目指していく。必要なものは全てテント内の一挙手のうちにある。所有権のない広大な草原にあっては小さなテントと家畜があればよく、それ以上の財産は持ち運べない。

テント泊を好む日本の登山者は、その遺伝子の中に遊牧民のものが混ざっているのではないかと思える。朝鮮半島や琉球諸島からではなく、北方から日本列島に移り住んできた人々、沿海州などでトナカイを飼いながら暮らしていたツングース系の語族に属する遊牧民がそのルーツかもしれない。ツングース諸語は日本語と同じアルタイ語族に属しており、「て」「に」「を」「は」を使う膠着語に分類されている。

山登りという旅をしながら日が暮れれば居を定め、気に入れば数日を過ごし、季節が変わればまた移動する暮らしは、家畜を自分自身の好奇心に、家畜の背中をバックパックに置き換えたひとつの遊牧と考えていい。

そのテント泊は、昨今の団地のようにテントが立ち並んだ瀟洒なキャンプサイトのことを意味してはいない。旅をしつつ、なんだかここはよい場所だなと和む地形が山には必ずある。雪山なら燃料を持ってさえいれば水のことを心配しなくていい。

天気が良いなら傾斜が平坦で、雪崩の危険が及ばぬ尾根の段丘などがそれに相応しい。天気が荒れるのであれば険しい地形をあえて選ぶ。険しい地形は幾千年にわたる風雪を耐え続けている。そこには風の当たらぬエアポケットのような場所がある。

雪山であれば稜線の尾根に守られた風下側の雪庇の中に雪洞を掘るのがいい。雪洞は雪が締まって硬いほど強度があっていい。

風に叩かれながら雪洞を掘り始め、ようやく空間を確保してその中に潜り込み、狭い中でテントを立てる。マットを膨らませてあぐらをかき、鍋に放り込んだ雪を溶かしつつそこから蒸気が上がるのを見守る。湯が沸いたら立て続けにスープを2杯も飲み干せば、落ち着いた寝床を確保できたことに心から安堵する。

ベースレイヤーを乾かすために薄着になった仲間の背中からも湯気がもくもくと上がる。雪山での熱量の消費が余熱を持って筋力を燃やしているのだ。

アルファ米に湯を注いで腹巻き代わりに腹を温める。雪洞の中は静かで外の気配は全くわからないがかすかに風の音が聞こえる。玄関は半ば新たな降雪で埋められているのだろう。

ウサギたちと同じように雪の穴蔵で慎ましく冬を過ごしていると自分が獣であるかのように思える。かろうじて生を繋ぎ、春を待つ以外にすべきことがない。ラジオは明日からも悪天が続くことを告げている。これで代謝も呼吸も心拍も下がって一切消耗もしなけりゃ次の晴れまで持ち堪えられるんですがねと仲間がぼやいた。それはつまり冬眠だなと皆で笑った。

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