01 | 愛される地、くじゅう
関東登山界隈の憧れの土地、九州。インスタグラムで久住山、阿蘇山の春夏秋冬の情報を見て、気軽には行けない距離に憧れは強まるばかり。紅葉、樹氷もさることながら、やはり見たいのは緑の絨毯に敷かれた鮮やかなピンク色、ミヤマキリシマの群生だろう。
2025年、ご縁があって新しいお友達ができた。九州出身の女の子ひなこちゃん。毎年ジュンと「今年こそくじゅうに行こう」と意気込むも、その今年こそが本当に「今年こそ」になったのが今年だった。

↑九州を愛する女、ひなこちゃん
軽い気持ちでひなこちゃんにミヤマキリシマのベストシーズンを聞いたら、それはそれは濃厚なお返事を返してくれた。おすすめの時期だけでなく、格安航空の抑え方、空港からの回り方、バスの時刻表、ひいては「くじゅう山」の名前の由来まで。私たちと会う日に合わせて地図やウィキペディアの切り貼りを4枚印刷して、赤字で注釈を入れながら彼女の愛するくじゅうについて、大プレゼンをしてくれた。毛布を敷いたフローリングの上にみんなであぐらをかいて丸くなる。ひなこちゃんは説明しながらもずっと青ペンや赤ペンに持ち替え、くじゅうの歩き方を説明し「いぃやこっちのコースも捨てがたいぃ!!」とぐるぐる印をつける。
色々とメモをしてくれた紙を最終的に丁寧にクリアファイルに入れ、入れた状態のクリアファイルを二つに折り曲げて私にくれた。クリアファイルって紙が折れないために使うのよ。
とにかくひなこちゃんのプレゼンが凄すぎて、なんでこんなによくしてくれるのか聞いたら「だって本当に楽しんでほしんだもの。」と言われた。友達へのスタンスが素晴らしすぎる人。
私たちがくじゅうへ飛び立つのは5月末の土日になった。ここの日程を覚えていてくれているのが流石のひなこちゃん。仕事中にやけにスマホが鳴るなと思ったらジュンと3人のラインが立ち上げられ、ひなこちゃんのおすすめの熊本・くじゅう・阿蘇エリアのスポットが説明文付きでまとめられていた。やってることめちゃくちゃ可愛いじゃん。

旅の栞を地元の子に作ってもらえる幸せ。昔京都を旅行した時、「地元の人が一番お店に詳しいから」と行く店行く店で「この近くにおすすめのご飯やさんあります?」「この後食後に行くといいスイーツは?」と店員さんリレーをして旅を大成功させたことがあるが、それの完全上位互換である。
頼んでもやってもらえることじゃないよ、有り余る感謝の気持ちを花束のように大事に抱えつつ、今日も今日とて私たちは仕事で死にそうなのであった。
02 | 揺るぎない雨
九州の日程が近づいていることをひなこちゃんからの九州情報で「もう来週なのか」と知る。計画はジュンが中心で立ててくれるのはいつものことだが、それにしても二人とも動き出しが遅い。理由は仕事に追われていることに加えて、どうやら九州旅行の日程がとんでもない雨予報であるから、だ。
特に中日である2日目は、え台風来てんのかな?ってくらいの雨。元々棒がつるでテント泊の予定だったけど、雨のテント泊ほどだるいものはない(ジュン談)であるため2日目が土砂降りの時点でこの計画は終わる。融通が効くように日帰り三連ちゃんとかかしら。まあ宿もとってないんですけども。
旅行を目前に上がらないテンション。雨が降ろうが雪が降ろうが飛行機をとってしまっているからにはどうしたって私たちは九州に行くしかない。えーっと、雨の地方って楽しいんだっけ?
前日まで決まらない旅行プラン。日が近づくほどに2日目の雨が揺るぎなくなっていく。まあこんな感じでいきましょうということをひなこちゃんも交えて3人で決めた。宿はちょちょいと調べたところ、どうやらいくらでもあるということがわかって探すのをやめた。もう前日の23時、宿を探すよりも明日の準備をする方が先だった(それが正しいとは言っていない)。
03 | 寝坊、そして熊本へ
6時半までに羽田に着くために4時40分の電車に乗らなければいけなかったのに、起きたのは5時でこの世の終わりに直面する。ジュンからたくさんラインが来ていて、その中に「山手線が運休しているらしい」という情報を発見。寝坊しているということを伝えるより先に脇目も振らず準備に入る。昨日のうちに荷物を全てまとめておいてよかった。起床後5分で家を出る。昨晩の準備が完璧であるということを信じるしかない。
電車に揺られながら、さて山手線の遅延をどうしよう?色々調べたところ、もう私はどうしたって飛行機の時間にギリギリになってしまうということがわかった。無理だ、タクシー乗る。
昨日おろしたお金を握りしめて、途中下車してタクシーへ。「羽田空港まで、いくらかかりますか?」と聞いたら1万5千円くらいと言われた。移動手段に1万5千円無駄にかかるのは普通に無理だが九州に行けない方が無理なので乗るしかない。この気持ちのざわめきを整えるのに少々時間を要しつつ、タクシーに乗って確実に間に合うのだということがわかったためだんだん落ち着いてきて初めてジュンに「寝坊しました」とラインで報告した。大丈夫、「どんなルートを辿っても目的地が同じなら同じ未来に辿り着く」ってドラえもん第1話でセワシくんも言ってたんだから。
ということで無事羽田空港に辿り着き、ローソンでつくねを買う余裕まで持ちながらジュンと合流。「よく間に合ったねぇ」と言われて恥ずかしくなった。私って一生こんな感じなのかな。
去年の夏利尻に飛んだ時以来の飛行機だったが、いつの間にか飛行機にもウキウキしない年齢になっていた。ジュンは飛行機の中で信じられないくらいの爆睡。いつでも疲れている人。私はなんだか寝れなくて、事前に何かをDLしておく計画性もなく、それがあったら寝坊してないしなと思いながら、飛行の音を耳で拾ってひたすらぼーっと今考えてもどうしようもない仕事のことを考えて過ごしていた。
04 | 無音
最近仕事に時間を使いすぎている。意図的に疲れるために朝7時から22時まで働くことをしているのは、何かの言い訳をするためなのか。別にそんな期待されているわけでも、何かを目指しているわけでもないのに。自分の中の流れがそっち側に向いていて。事情により仕事の上で普段の自分と違う名前を名乗っているが、本名に戻って来られない。家で彼氏が、私が仕事ばっかしているから焦っちゃう、と言っていた。ごめん。
すでに旅が始まっているのに会社のTeamsの動きがどうしても気になって、ジュンと話題にすることも日頃の仕事のことばかり。誰のために?

予約できた宿も空港から借りているレンタカーもどちらも格安で本当にありがたい。レンタカー屋さんまで行く送迎バスの運転手さんは偽物の綾野剛みたいだった。綾野剛のおかげで綾野剛みたいな男の人は「綾野剛みたいだな」って思ってもらえてお得だな。
05 | 走馬灯
今回の旅は1日目が一番天気が良いという予報だったので、初日に旅のメインである久住山に登ることしていた。空港からその足で牧の戸登山口に向かう。どこの登山口にするのかこちらも色々と議論はあったが、とりあえずひなこちゃんのアドバイスも込みでここにしている。外は少し暑い。半袖で歩けそうだ。
牧の戸登山口から久住山までのコースは、スタートが波波のコンクリートから始まった。ここが見た目の割に斜度があり、登ると意外と息があがる。一歩一歩、歩みを進めながら、なおも流れるサラリーマンの思考。上司に言われた言葉、残っているタスク、今私が頑張っていること。旅行が終わって今この文章を書いているけど、何を考えていたのか1個も思い出せないのだから大したことでないのは確定している。仕事じゃない時間に考えている仕事のことは、最近ハマっている「けんじイケメン化計画」のショート動画を見ている時間と同じくらい人生に必要のない時間だった。
山の中を歩く時。スマホもPCもさわれないその時間、これこそがその時点まで私の走馬灯なのだと思っている。その時の自分の関心ごと、大事な人から言われた言葉、自分のありたい姿と使いたい時間の過ごし方が、心から浮かんでは汗に流れて消えていく。だんだん思考の上澄を占めてたものが浄化されていって、最後には自分の中の綺麗なところだけが残る。その時にやっと出てくるのが、等身大の今の私である。
言わずもがな仕事は大事だけど、それって私という人間の何割を占めている話なのか?死ぬ時にどれだけそれに助けられるのか?土日を、山に行く時間を、大事な人と過ごす時間を大事に思う気持ちのコントラストをつけるために仕事を頑張る、みたいなことは悪くない。でも節度はあって、休日になった瞬間にここが切り替えられないくらい粘着力が上がってしまっていたんだなーってことが問題なわけで。自分の頭でコントロールできない思いは、それはもう一種の呪いなわけで。

息が上がって体が運動に慣れていくことがいいのか、街の匂いから離れていくことがいいのか、それを上書きするほどの景色がいいのか、どの要素が重要なことなのかわからないけど、とにかくこうして歩いていって最終的には景色に「わぁーー!」って真に感動する気持ちが生まれる。岩の上に立ってこれから歩く久住山頂への道を見下ろした時、体の正面から強く吹く風を受けて、私の頭の中を覆っていた活字たちが本州へと飛ばされていった。ミヤマキリシマがほとんど咲いていないことは、はっきり言ってどうでもいいのだ。東京から遠く離れて、ここの地に来てジュンと一緒に同じ景色を見ていることだけ、それだけが大事ことなの。

続く。

