06 | ミヤマキリシマ
そう。とはいえ今回メインのミヤマキリシマなのだけど、まあ結論ほとんど咲いていないのである。ひなこちゃんに聞いて毎年ハイシーズンとなっているはずの土日を選んでいるが、それでも花も生き物であるために、そうそううまくはいかないのだ。
緑の絨毯に、緑よりも多く面積を占める鮮やかなピンクのミヤマキリシマ。は、紙にポタポタと水彩絵の具を垂らした程度の控えめな演出。「いや咲いてないんかーい」とジュンと苦笑いしつつ、二人でこうしてはしゃげれば正直私はもうなんでもいい。何度も言うけど、ここにジュンと二人で来ていることが大事で、それは強がりとかじゃない。
周りにハブられたのかこの時期に咲いてしまったミヤマキリシマが一部登山道にはみ出していて、近くで見てみたら小さいツツジだった。「ミヤマキリシマってただの小さいツツジなんだね」と言いつつ、これが群生になっていると圧巻であると言うことはのちに知ることになる。ハブられたミヤマキリシマがたまに綺麗に咲いているところもあり、まるでたくさん咲いているかのように思うためにカメラを近づけて画角いっぱいのミヤマキリシマの写真を収めたりした。アップにすると虫がついてるからちょっと嫌だな。

花束のようにまとまって綺麗に咲いている個体も発見し、「花束を君に送ろ〜🎵」と歌いながら枝を鷲掴みにする。こちらが歩み寄らないと一緒に写真が撮れない、文字通り自分の軸をしっかり持った花束。女は花が好きである。
07 | 久住の奥行き
期待していなかったけど、この日は普通に晴れていた。春であることを考慮したら全然許せる薄い青空がなんだか奥ゆかしい。

そして何より驚いたのは、少し歩いたらもうとんでもない異世界に入り込めてしまうこのくじゅう連山のスケールである。安達太良山のような火山の雰囲気と、平標山のような平らな緑の斜面と、天狗岳みたいな緩やかな岩の登りと。こういう景色って、普通頑張って山奥まで車を走らせたり、頑張って山深くまで歩いて来ないと見られないんだよな。まあ確かに登山口の時点で山奥まで来ているのだけど、ほんと体感的にはこんなにサクッと街ではない場所に来られるなら、そりゃ九州の人たちは山が好きになるなと思った。どこまでも平らでどこまでも山が続いている。いろんなコースがあると習ったが、確かにそのいろんなコースを歩きたくなると思った。今日はそのほんの一部しか歩かない私たちだけど、このくじゅうの山の入り口に立ててその奥行きを押し測ることができる経験ができたんだってことはとても嬉しい。

登りの途中で水彩画を描いている方に会った。「普段は油絵なので、そんなにうまくないんですよ」と謙遜しながら、グレーの空の久住山を絵に収めている。そうやって立ち止まって自分の現在地にピンを打てたら、それだけで人生が豊かになると思うし、だから私も大したことなくても文章を書きたい。同じだね。
08 | 登頂と下山
山頂ではポテチとおにぎりを食べた。外人さんが何人か周りにいたが、くしゃみまで西洋風でちょっと笑ってしまった。ジュンはふもとのセブンで買ったチャーハンおにぎりが美味しくなかったらしく「九州のおにぎりは美味しくないんですか?」とひなこちゃんにクレームを入れようと言っていたけど、その後私が食べた明太子のおにぎりは信じられないくらい美味しかったのでこれは未遂に終わった。
山を見ながらご飯を食べている時間、最高に気持ちがいいし、山頂にいると言う事実と風を感じられるだけでもいい。山に対する思いは、年々鈍感になっている気がする。

なんだかんだとても満足感を持って下山した。登山口でソフトクリームが売っていたが、ここのソフトクリームの情報はひなこちゃんからお勧めされてなかったので見送った。ひなこちゃんからもらった情報だけで旅を完結させようとしている。
温泉に入りたかったので「ひなこズ温泉情報」を確認すると(本当全て先回りして情報提供されていてすごい)、3箇所おすすめ情報があったものの、1件目の「ラムネ温泉」に関する情報だけがやたらと濃厚だったので、そこにいくことにした。文言は下記である。

この温度差、前者の方に行きたいに決まっている。ということで宿とは逆方面であるがラムネ温泉にて汗を流すことに決めた。
09 | ラムネ温泉
日頃日帰りで色々やってる私たちからしたら無限とも思える時間があるため、逆方面のちょっとした移動は正直余裕である。いく場所に価値があるのならば。
気持ちよく窓を開けてドライブをしながら温泉を目指す。雨の降りそうなお天気。
温泉に着いたら、入り口で猫が2匹たむろしていて、なかなか退いてくれなかった。後続車もいないので「もぉ〜♡邪魔だよぉ〜♡どいてよ〜♡」と女2人ヘラヘラしながら猫を眺める。車から降りた後も全く逃げない猫たちに、猫好きのジュンは大興奮していた。とても人懐っこく、ジュンの食べてるおにぎりをよこせと擦り寄ってくる白猫ちゃん。旅先で見た猫史上、いちばんかわいい。

いちばんかわいい白猫と戯れつつ、私は猫すら生き物として対等に見すぎて「で、お前は私に何をくれるん?」ってスタンスなので、手放しに一生可愛がってはあげないんだからねと、まだふにゃふにゃしているジュンを置いてひと足先に温泉へ向かう。猫が擦り寄ってきた足元に白い毛がくっついていて、ふてぶてしい実家の猫たちを思い出した。温泉に入るところでまたも人懐っこい別の虎柄猫が登場したが、こいつに関してはしゃがみもせずに尻尾を人なでして温泉へ。
こちらは猫グッズもたくさん置いている温泉で、あいつらもスタッフであり勤務中であったんだなということを感じざるを得なかった。ひなこちゃんの事前情報の通りグッズがかわいい。あとでゆっくりみよう。
スーパー銭湯みたいな温泉に行き慣れていたからここの作りはとっても新鮮だった。中庭があったり、温泉が洞窟のようになっていたり。以前ジュンと行った、タイル美術館を思い出すこの空気。おしゃべりしていると声が天井に響く。つい大きな声で会話したくなるね。
ラムネ温泉の由来は外の炭酸泉だった。水風呂とはいかないが32度と温泉にしてはだいぶ低めの温度の水たまりに入ると、身体中に気泡がつく。体の何かしらに効かなきゃおかしい。地元のおばあちゃんが近くに座っていて、この温泉の効能を教えてくれた。

10 | 探してたものは
今回の旅は、ひなこちゃんという存在のおかげで、この場所を地元とする人の存在に想いを馳せることが多かった。ここで生まれて育って、地元のものを豊かに愛することを当たり前にして、人に囲まれ自分も愛されて大人になっていく。「地元に貢献する」という感覚すら当たり前すぎて持たない中で、手元に得られているものを大事に磨いていく。
地方に来ると、東京との時間の流れ方の違いを肌で感じることは旅行あるあるなんじゃないかと思うが、私個人的には、ここにいる人たちの方が圧倒的に「正しい」のであると思っている。別に私たちが間違っているわけではないけど。
朝起きて、ご飯が美味しくて、人が優しくて、音楽を聴いて、道を歩いて、東京と同じ24時間を過ごす。私は島根で生まれて寄居で育って今東京に住んでいるのでどちらの感覚もわかる気分になっているだけの立場で言うと、今はずっと24時間をギア1で高速回転しているような気分なんだよな。人がいっぱいいるせいで、色々受信しすぎて、別に考えなくていいことに悩んで、気にしなくていいことを気にして、たまに山に来てああそうだったって人生の本質思い出して。忘れるんだよ生きてて大事なことを。本当は全部ただそれだけでいいはずなのに。「人と比べちゃう呪い」とか「人に期待しちゃう呪い」とか、自分でかけてるだけなんだよって頭で理解しているのにいつも受信した情報に心が反応して、「いやいやそれ呪いでしょ」って頭で訂正して、ああそうだったって思って。そういうの全部、人生の壮大な暇つぶしなんだよ。仕事も趣味も全部。本当は、ただ自分として生きるだけでいいんだから。
死ぬ気で意識していないと、すぐに軸が自分から他人にうつっちゃう。そういうのもう嫌なんだって。だって死ぬ時にはいつか絶対、これだけでよかったんだって思うもの。「探していたものは目の前にあった」ってスキマスイッチが歌っていたよね。
だから、温泉からの帰り道、街灯のない漆黒の闇の道をレンタカーで走って、対向車もほとんど来ない山道をハイビームで照らして、窓を10センチ開けて風を受けながら、鼻を掠める田舎の香りと平成の音楽を聴いていて、その隣にジュンがいる時に「幸せだなぁ」って思うんでしょ。頭から降りてきて流れる涙もあるけど、胸から上がってきたものが喉と目に届いて涙になるんだよ。泣いてないけど。それだけが大事なことなんだよ。
11 | 1日目を終える
温泉の後のラーメンは、汁が赤くなるまで紅生姜をたっぷり入れて食べた。九州にいるねーってことを内臓にも感じさせようとしている。

阿蘇に取った宿まで辿り着く道は、前述した通り信じられないくらい暗かったが、ジュンと二人で「右手をご覧ください〜漆黒でございます。」とか言った後に左手を見たら右手以上の漆黒だったり、街灯があるだけで「わぁ文明だ」とか言ったりしてんのが修学旅行を超えるほどの楽しい夜だった。忘れちゃうような瞬間をいかに人と過ごせるかが、私に取っては大事だし、それをなるべく忘れたくない。
当日に予約して二泊させていただく今回の宿は正直「ほんとか?」って思うくらいなんかほんとか?って感じの宿だった。汚いとかそう言うことではないんだけど、場所とか、他にお客さんがいない感じとかがタヌキの宿って感じがして楽しかった。奥から誰かの話し声は聞こえるものの毎回呼び鈴に姿を現すのは一人で、その女将さんはたぬきでないとおかしいくらいに親切で足首が太かった。
ジュンはこの世で一番えらいのでちゃんともう一度シャワーを浴びてから寝たようだが、私はもう眠くなると本当に無理になるので着いて早々ベッドに倒れ込んで日付が変わる前に夢の世界へ。夜中起きた時にとんでもなく寒くてシーツのような掛け布団にくるまったが、全然寒かった。ジュンはこんな寒いのになんですやすや寝れるんだろうと隣を見て、私が敷布団と思っていたのが掛け布団だと言うことを知った。私の寝相の形に圧縮された掛け布団に改めてくるまり、安心して翌朝を迎えることになる。

続く。

