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苗場山 / とにかく山に行きたくて

苗場山 / とにかく山に行きたくて

1. 夏の怪物

7月20日は山に行きたかった。
夏は登山ベストシーズン。5月末のトレラン大会にて20km走った私はすっかり体力が高まっており、今までの人生でも類を見ないくらいとにかく体が軽い。先日ジュンと行った仙丈ヶ岳でついに夏山の入り口に立ち、その素晴らしさに絶句した。普段山から降りて8000字の日記を書かずにはいられない人間が途中で書くことをやめたので、文字通り絶句と言っていいだろう。
平日を必死に生きていると迷惑としか感じない夏の日差し。同僚の男二人が待ち時間を日向で過ごそうとすることに「日焼けするんですけど」と怒りながら日陰に移動する女サラリーマンの私。街で浴びる日と山で浴びる日は同じじゃない。
見上げるとこんなに空は青くて雲は白い。晴れているのに山に行けない休日は、気が狂いそうになる。

例年夏で高まるテンションと、たまたまトレランで高まった体力が私の中で共鳴し、とにかく山に行きたいモンスターになってしまっているなんだか面倒な7月である。
私が山に行こうと思ったらとりあえずジュンに「山に行きたいです」と進言するしかないが、アウトドア業界を生きる彼女の夏はイベントだらけで忙しい。ジュンの土日はすでに予定でみちみち。「夏は訪問アポが辛いよね〜」と文句を言うくらいでしか変化のない営業マンと遊んでいる時間は、特に7月中旬にはないようだった。
ジュンが遊んでくれないので私はこんなに暇なのに、気持ちだけはウザいほど高まっている。やり場のない気持ちを消化するために毎日家の周りを5km走ってて、男子高校生かよ。

そういうわけなので、7月20日は山に行きたかった。私は今までいろんな人の山の誘いを断ってジュンと二人で山に行くことを選んできた自負があったので、私が「山に行きたいよ〜」と言えば全員来てくれるんだろうと思っていた。性格が自己中すぎることは毎年大晦日の帰省の際に妹に厳しく言われているので安心してください。
私がジュンと山に行けないとなった時の次点は6歳下の弟だ。しかし彼は最近社会人バスケで関東大会を目指しているため、休日はバスケの練習、トレーニングと忙しい。私が高校生の頃に家に遊びに来ていたミニバスの彼らが、社会人になってもあの頃の仲間たちと仲良くチームを組んでいる。大人になって生きる場所が変わっても同じように目標を描いているなんて、どう考えてもこんなエモいことはなく本当に応援したい。新しいユニフォームに印刷されたロゴは、依頼を受けた私が心を込めて作ったものだ。
綺麗なものとして彼らを眺めていたい気持ちはもちろんある。しかし一方で弟はこの社会人バスケにより、同時にガチの筋トレを始めることになってしまった。なんか知らんがめちゃくちゃ筋トレの才能があるらしく、急速なスピードでアメリカ人みたいなゴリゴリのマッチョになっていく弟。はっきり言ってキモい。モテたい筋トレの方が何倍もマシである。
私的には日々キモくなる弟が周りに変な目で見られていないのか心配だったが、私以外からはかっこよくなったと褒められているそうなのでどうやらこれは私だけが抱いている感覚らしい。私の友人たちに「弟が筋トレしててキモすぎる」と写真を送っても「かっこいいじゃん」と言われてあんまり取り合ってもらえない。あえて言語化すると、肉親にオスみがましていくことがなんだか受け入れられないのだと思う。別にマッチョは好きだが、マッチョはいつだって見知らぬ誰かであってほしい。

まあそういうことなので、いつ山に誘っても来てくれる男第1位の弟は姉の予定を断るようになってしまった。日々キモくなるし山にも来てくれないので、本当に早くバスケをやめてほしい。

弟に断られたとなるとそこから思いつく方々を順に誘っていくのだが、こういうスタンスがバレているのか信じられないくらい全員に断られた。三連休の中日であるということも大きいと思いつつ、もう本当に全員に断られる。仕方がないから最終手段で母と一緒に行こうと思ってラインをしたら、その日はゴミ捨て場の清掃があるから山に行けないと断られた。最終セーフティネットの母にまでフラれた。自分勝手すぎる価値観は無視して、どうなってんだこの世はと最後まで被害者ヅラしたい。

そこからは会う人会う人そんなに運動が嫌そうじゃない人全員に対して「20日空いていませんか」と挨拶のように声をかけてきたが、フラれ続けて桜木花道も少し同情をしてくれそうな人数になってきた。もう20日は山に行くなってことなんだな、きっと行ったらなんかよくないことが起こるんだなぁと思い始めた。そう信じて諦めてついにフラれ続けるのをやめた。

2. 坂口拓魅

美容室はここで可愛くありたいなと思う日の1週間前に行くようにしている。今月は7月の初週だった。私が4年ほど切ってもらっているのは坂口拓魅さん。名前に魅力の魅の字が入っている、大変魅力的な人だ。
タクミさんといえばこの人のカットと人柄が好きすぎて、出会ってから数回通った日に「あの、坂口さんが完成前に鏡見ながら言う『あ、今いい感じですね』って言う瞬間が私がそう思う瞬間すぎて、そういう言語化できない一瞬の解釈が一致してくれているのって美容師としてこの上なく信頼できることで、なのであなたのことが大好きです。」と告白をした直後に「実は来月でこの店辞めてフリーになるんですけど、別の方を紹介するかフリーになった僕のところで切るか、どうしますか。」と質問されてめちゃくちゃ恥ずかしかった話で有名な、彼である。あなたのところでこれからも切りますと言うしかない状況を何も知らずにお膳立てしてた自分に対して、死ぬほど恥ずかしくなったのがもう3年前くらいか。
ということで彼が東京にいる限りは一生ついていくような告白をしてしまったので、責任を持ってただの一般人である私のことを一生切ってほしいなと思っている人だ。
思えば美容師さんって結構特殊な存在だと思うんですよ。仲がいい友達でも、なかなか月に1回は会わないでしょ。私はタクミさんが私の全ての人間関係に絡まないことをいいことにあらゆる話をおもしろおかしく適当に話しているが、まあそれはいいとして。

というわけで今回も一週間後に可愛くなりたかったのでタクミさんに会いにいくことにした。タクミさんとは過去に2度ほど山に行っているが、今の師匠のもとに転職してからは多忙な日々を過ごしていたので誘うリストには入っていなかった。しかし話をしていくと最近は割と調整しやすく土日も空けられる、山にも行きたいんだとか。20日は流石に直近すぎて無理ですよね?と聞いたら大丈夫なんだとか。やば、こんなところにいた、私と20日山に行ってくれる人材。
タクミさんとふたりで行くでも全然いいが、レンタカー代など考えたらもう少し人数を集めたいところ。しかし前述の通り私側で誘える人はもう一人もいないので、タクミさん側でアテンドしてもらうことになる。聞くところによると、登山に興味がありそうな人は周りに結構いそうなんだとか。交友関係の広い人なので業界の中で色々声をかけてみてくれるらしい。異業種交流会だ!めちゃくちゃ楽しそう。絶対に一人はドタキャンすると思うのであと3人集めて5人で行けるように頑張ってください、とタクミさんに託して美容院を後にした。ついでに可愛くなったしほんとラッキーだぞ。

ということで来たる7月20日。タクミさんは直前の登山のお誘いという難易度の中で多くの人に断られながらも頑張って2人を獲得してくれて「心優しいフォトグラファー、シゲルくん」と「ちょっと愉快な電通キン肉マン、カン君」との4人のパーティで苗場山にいくことが確定した。二人とも山には興味がありそうだったとのことでとても嬉しい。持ち物や時間の連絡をした。車はカン君が出してくれるらしい。めちゃくちゃ感謝!

20日山に行けるんだ、嬉しいなと思っていたら19日夜。カンくんがトレーニング中に意識を失って救急車で運ばれたとの連絡。え、大丈夫!?!?
めちゃくちゃ心配。明日は大事をとって休むとのこと。そりゃそうだ、そんな人を炎天下の苗場山を12kmも歩かせられない。そして多分、カンくんが倒れた時に運べる人は一人もいない。ぜひ休んでほしい。
車はタクミさんのお家の近くのソリオが奇跡的に空いておりなんとか用意することができて、私とタクミとシゲル3人での登山になった。前日まで色々起こるな、やっぱり20日山行くなってことなのかな。カンくんが悪いと言いたいわけではないが、やっぱりこういう時大体一人はドタキャンする。カンくんは悪くない。

3. 根掘り葉掘り

苗場山の天気を調べると14時から雨だった。レインコートは用意してもらったが二人ともほぼ初心者なので、雨に打たせるわけにはいかない。別の山も検討したが、なんだかどうしても苗場山が良かったのでめちゃくちゃ集合時間を早くすることにしていた。みんな早めに就寝できる前日の予定でよかった。
最寄り駅に迎えにきてもらい全員集合したのが3時。これから3時間かけて、秡川登山口を目指す。どちらの出口にも立派なロータリーがある駅なのでそこで待っていたら、そんなところに道あったんだ?っていうめちゃくちゃ行き止まりの道からソリオがにゅーんっと頭を出して面白かった。ここまでが多難すぎて無事に帰ってこられるか心配していたけど、なんか今日めっちゃ面白くなるような気がするぞ。

車の中でシゲルくんと初めまして。少し前まで師匠についていたが、今はフリーでカメラマンをやっているらしい。シゲルくんは若く見えるが私の1個上のお兄さんだった。その割に3個下のタクミに敬語だし、タクミはシゲルにめちゃくちゃタメ口なので業界のことはよくわからない。私はというと、相変わらず人が好きすぎて敬語がうまく使えないダメ人間なのでもはや今日に関しては始まった時点で年齢の上下とかはなかった。まあプライベートで遊びに行くのに上下関係なんかないんだけどね。
シゲルは前情報の通りとても真面目な男で、着眼点や気を使ってくれるポイントもなんか変でずっと心地よかった。行きの車でセブンに寄った際にタクミがトイレから出てくるのを車で待っている時、突然「意外とこの車収納ありますね、ほらこんなところにも」と言い出した。車を物色するシゲルがたくさんある収納の一部からうどーなつチョコチップ味を発掘。捨ててきますよと言ったら「もしかしたらタクミさんのかもしれないので、一応聞いてみてください」としつこい。トイレから出たタクミに「このうどーなつタクミさんのですか?」と聞いたら違うと言われたので捨てた。そりゃそうだろ、丸亀製麺がAM2時にやってるわけないんだから。

タクミは「朝焼け見ましょうねぇ」と言いながら後部座席に枕を置いて早々に寝始めた。起きた時に「東京から苗場にワープした、僕20分くらいしか寝てないのに」と言っていたのでマジで気持ちよく寝られたようで大変よかった。
私は初対面の人に対して興味が爆発し根掘り葉掘り気の済むまでヒアリングしてしまう、通称「ネホハホ」という特性を持っているので、真っ暗な高速を時速85kmで安全運転をするシゲルに対して二人っきりの車内で聞きたいことを気の済むまで聞いた。
シゲルは真面目な男なので、私の質問をはぐらかすことなく全てちゃんと受け止めた上で答えてくれ、とても心地の良いドライブができたと思うが、何を喋ったかはあんまり覚えていない。パーキング寄っていい?と聞かずにパーキングに寄って運転交代を申し出てくる人は初めてだったので新鮮だった。
男って大体運転好きだし、私も普段は全然私運転するよと言う側なんだけど、今日の二人はお互いに運転することを押し付けあっている珍しい関係性だったので、なんとなく私もそこに乗っかって運転したくないふりをすることにした。まあ多分寝不足だったのが大きいだけだと思うけど。でもシゲルだけは最後まで車内で寝なかったし、運転も結局たくさんしてくれて優しいやつだったな。

朝焼けを見ましょうねぇと言われても、標高2000mと違って高速道路での朝はじわじわと訪れるのでタクミを起こすタイミングなどなく朝を迎えた。苗場山の駐車場に到着した6時にはすっかり朝で、ピカピカの晴れだ。予定通りの時間に到着したことが本当に嬉しい。
まごまご準備をして登山開始する。すると、何やら怪しいハイエースが。
2300円払うとリフト乗り場まで送迎もついて1時間半短縮できるらしい。これは、メンバーの体力をなるべく温存させたいことに加え、午後の雨を回避したい私にとってはめちゃくちゃ魅力的だった。ということで、正直2300円は高いがお金の力で1時間半のショートカット。渋いステッカーももらえたし、リフト楽しいしけっこう最高だぞ。

4. フィルムカメラ

シゲルは、少しだけ悩んでいるようだった。芸術を生業にして生きる人たちの人生は、想像の中ですらそのスタートラインに立てない私には耐え難い苦しさなんだと思い込んでいる。から、シゲルの話を聞いて分かったふりはしたくなかった。
けど、シゲルが語っていた、なぜ山に来たかったのかの理由。「日頃東京で過ごす中で、ガワを見て撮ってをしていくことはできるけど。いろんな人がいろんなことを言うから情報がノイズとして日々入ってきて。その中で自分が感じる『キレイだなぁ』って純粋に思えるものを感じに行きたいって思った。」っていうのは、なんかすごいわかるような気持ちになっちゃって。(シゲルが語ってた原文ママは忘れちゃったから私の解釈で今ここに書いてるけど、使ってる言葉は違えどこんなような意味のことを言ってた)
私は27歳の時にジュンと山にハマって今の私がいるから、その「キレイだな」って思うものがもう肉眼で認識できるくらい大きくなって今の私を支えているけど。もしそれがなかったら、本当は私の中にいくつもある「キレイだな」って思うものはすごく小さな粒の状態だったと思うし、それを丁寧に見つめに行きたいっていう気持ちになるのはすごくわかるなって思った。
私は仕事っぽすぎる仕事を選んでいるおかげで、自分の価値観をずっと守ることができていて。加えてたまたま人との出会いに恵まれて、自分の中の粒一つ一つを大きく育てることが割とできているんじゃないかと思っている。でも自分の愛した世界が仕事になると、ここが融合して自分の中の「キレイだな」に向き合う機会が減っちゃうんじゃないかっていうことは想像できるよ。シゲルは、そういうことを言ってるんだと思ったし、だから今日山に来たかったんじゃないかと思った。

リフトに乗ったシゲルは、私からすると「まだリフトなんだけどいいのかな」と思うくらい四方八方をフィルムカメラに収めていた。リフトは絶対に足をプラプラさせて自分の足で歩くのでは味わえない高さとスピードから見る山の景色を見るのが楽しいけど、これは私の価値観なので言うのはナンセンスですね。
デジタルとフィルムどっちを持っていくのか悩んでいたが、私の強い要望でフィルムを持ってきてくれた。最近フィルムを撮る機会が減っていたから嬉しいと言ってくれた。フィルムなのにそんなにバシャバシャ撮っていいんですかと聞いたら、「こんなに写欲が高まることないから」と言っていた。写欲。

続く。

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