1. 甲武信ヶ岳の由来
甲武信ヶ岳とはなんとも渋い名前だ。山梨県、埼玉県、長野県の県境に位置するこの山は、かつての国名「甲州」「武州」「信州」の頭文字をとって「甲武信」と名乗っているらしい。名前だけは知っていたはずなのに由来を聞くまで全くピンときていなかったので、改めて自分の鈍さを自覚することになった。情報ですよと切り分けられて口に運ばれたものしか、情報として受け取れない。サスペンス映画が最後まで楽しめる、そんな性分である。
お笑いコンビ豆鉄砲が何かの賞レースで披露した漫才の中で、田無について言及していた。「田んぼがないから田無て。ないもので勝負するなよ。みんなあるものでやってんだよ。亀がある、で亀有ってつけてんだぞ。信じられないかもしれねーけど、亀って動くんだぜ」
甲武信ヶ岳、はなんかもうあるものを主張しすぎて気持ちがいいくらいだ。形でも特徴でもなく、山梨と埼玉と長野に所属してるから、甲武信ヶ岳。個性があるんだかないんだかよくわからない。
一緒に登ったジュンが「つまり山梨と埼玉と長野の山のいいとこどりが見らられるってことだね」と言っていて、随分前向きな解釈だと思った。小さい頃、教育テレビ『おかあさんといっしょ』のファミリーコンサートが我が地元埼玉に来たとき、歌のお姉さんに「埼玉県は畑もあってビルもある。田舎と都会の両方が楽しめる、いいところよ♩」と言われて衝撃が走った。それってつまり私の地元には何もないということであると、生まれて5年かそこらで明確に知ったのだ。
くじゅう連山は、久住町と九重町で名前の取り合いをしたそうだとひなこちゃんが教えてくれた。そんな争いもある一方、三県で仲良く一文字ずつ名を付け合ってるところに民主主義を感じる。
歴史を紐解く覚悟はないので名前についての言及はこのくらいにしておきます。さっきアメトーークで「小さいことが気になっちゃう芸人」を見ていたのだけど、なぜそうなっているのか本当に知りたいわけじゃなく、自分が見つけた小さな違和感に対してやいやい言いたいだけなんですよね。
文句ばかり言っているのでまるで不本意な気持ちで甲武信ヶ岳に登っているように聞こえるかもしれないが、実は決してそんなことはない。私たちは「日本百名山を死ぬまでに登り切ろう」というゆるやかな目標を掲げている。未到の百名山を目指すことは、自分たちの地図に色を塗っていくことと同義なのだ。
もちろん山はどれだって素晴らしいけれど、そこに"切り取る観点"があるとより楽しい、それだけの話。強度はあれど人類みな等しく収集家なのだから、自宅に百名山のバッジ飾ってコーヒー啜りたいよね。
…ということで甲武信ヶ岳のことを1/100としか捉えていないことがこの文章からバレてしまった。しかしかくいう私も立派な埼玉県民であり、甲武信の中心を支える武蔵の民の者なので許してほしい。「うちの埼玉がなんかすいません」という気持ちは、地元を離れても忘れたことはない。
2. せぷてんばー
9月に入ってからものすごい勢いで3週間が過ぎた。夏が好きすぎて7〜8月の毎日を噛み締めるように生きてきたが、9月は私が目を離した隙にえげつないスピードで終わりかけている。1〜2週目までまだ夏の気温だと安心していたが、気づけばもう後半じゃないか。3年前の9月といえば私たちは、鳥海山で秋の始まりを感じていた。山の9月は秋なのだ。
毎週のように山に行っていないと季節が終わるのを見逃してしまう。山でこそ四季の最先端の風が吹くと信じ込んでいる私は、色の違う風を街で感じるととにかく焦る。こうしてはいられない。
この週末、本当は連休をとって立山に行く予定だったのに。今週も雨で行けなくなってしまった。
9月は結局夏なのか秋なのかわからないが、改めてちゃんと気温を見ると15度とのことで「これは長袖ですね」となった。去年の9月はノースリーブで山を駆け回っていた記憶があったので不安だったが、流石の私も夏に胃もたれしつつあり、若干長袖が恋しくなってきていた頃だった。
ジュンは「夏は好きだけど長袖の方が服として可愛いよね」と言っていた。「うん」と言った後きちんと考えたが、私は正直夏の服の方が身軽で可愛いと思う。でも、この露出だらけの季節から、素肌が布で包まれる瞬間はいつも好き。すごく守られている感じがする。私のクライアントさんに「ノースリーブは裸といっしょに見える」という過激な意見を言われたが、秋になればもう裸でYouTubeを撮らなくていいので安心である。(伝える気のない雑な説明でごめん)

3. 山をかける大人
甲武信ヶ岳の登りはとにかく平坦で長かった。YAMAPを見ると、急登のない一次関数的な道。大変歩きやすくていいが、陽が出ないとひたすらに地味だということでもある。
ずっと川の脇を歩いていったが、この道をあと4キロ歩けば千曲川の源流に辿り着くらしい。最近釣りの趣味で川にお世話になっているジュンは、川の始まりにどうしても興味があるらしく、上流へと指で辿るように川を丁寧に眺めていた。そういえば母も日本の分水嶺を歩くんだと地図に印をつけて息巻いている時期があったな。今もやっているのかも。
たどり着いた源流は、あれほどまでの川幅になるのが信じられないくらいちょろちょろとしか水がなかった。ジュンは「源流が飲みたい」と言ってたが、水場とはいえ流れがなさすぎてほぼ水溜りなので、やはり少し憚られる。最終的に薬指を水たまりに突っ込んでペロリと舐めていた。「甘い」と言っていたが、あれはほぼ指の味だ。
魚が見えそうなほど透き通る川はジュンにとって、もうシーズンが終わりかけている釣り欲を刺激するものらしい。私はどうしても川を見るたびに子供時代を思い出すし、いつかこの世に誕生するのかもわからない自分の子供を連れてここに来たい、という気持ちになる。
私は子育てがしたい。それがいつかはわからない。いつかはわからないと悠長に言っていられるほど若くもないとは思う。そしてこういうことを言っていたり、保険の案内の返信をなかなか返さなかったりするから、母にいつまでも子供だと言われてしまうのだとも思う。みんなどうやって親になることの覚悟をしているんだろう。長女である私は、母が私を産んだ年齢をもう越してしまう。家族の中で1番変わり者と思っていた妹は、ついこの間結婚した。
教員採用試験の勉強をしてる時に学んだ「教育とは人格の感性を目指すものである」という文言に出会ってから「私自身の人格が完成していないのだから教育なんてできないじゃんか」と卑屈に思い続けてきた。あれから10年近く経っても、私の人格は完成の目処が立たない。帰ったら走るぞと決めた日に床で寝て風邪をひいたりしているし、最近のマイブームは炊飯器から直接つまみ食いをすることなのだから救いようがない。人格が完成したら子供を作るぞと決めているわけでもなければ、そもそも今結婚すらしていない。なのに、子供が「空はどうして青いんだろう」と思うのと同じような頭の中の位置に、私の中にぼんやりと存在している疑問はある。
一緒に山に登りながら「自分のために生きるのにもう飽きたんだ(だから結婚して早く子供が欲しい)」と言っている友達がいた。私は、今がなるべく長く続けばいいと思っているよ。
4. 黄緑色の9月
ジュンと2人で登っている時、最近は大体無言だ。何を考えているかというとたいてい、日頃街で抱えているストレスたち。ジュンは最近小さなことにイライラするようになってしまったと言っていた。
なりたくない自分の像が明確にあって、どうしてもそれに近づいてしまっている感じがする時ってありませんか。そういう時、私たちは「山が必要だな」って思う。自分にとってのセラピーのようなものだ。
甲武信ヶ岳の長い登りの中で、林の中なのに風が吹く不思議な場所があった。今まで登ってきた場所と見た目は変わらないのだけど、はっきりと見えた9月の黄緑色。ここで空気を吸った時、自分が街で感じていたいろんなことが全て登山口に飛ばされる。キャッシュが削除され、脳みその空き容量が増えた。
あとからジュンと話したら、この瞬間にジュンもいろんなことが浄化された、と言っていた。「わかる、あの場所でしょ」と言ったらやはりあの場所だった。こういう解釈が一致することを、もはや不思議とも思わない。
大きな岩が聳える瑞牆山みたいな山梨らしさ、陽が優しく地面が柔らかい雲取山のような埼玉らしさ、もこもこの苔がそこらじゅうで観察できる八ヶ岳のような長野らしさ。これらが特段融合するわけでもなく、それぞれに存在感を放つ甲武信ヶ岳は結局どんな山なのかよくわからない。でも作品のいいところを掛け算していったらそれはもうオリジナルになるのであると、私たち日本人は『呪術廻戦』との出会いにより知っている。ということでめちゃくちゃ渋くてかっこいい山頂標識に着いた時には流石に嬉しかった。

5. 終わりの準備
9月が終わったらもう確実に2025年が終わる。YouTubeを始めて、つまりジュンと山に登り始めて4年が経過しようとしている。あまりにも身の回りにいろんなことが起きているが、それも全てグラデーションの波なので、あんまりすごいことが起きているようには思えない。
でも4年前、私は自分の道具をほとんど持っていなかった。自分のお金でトレランの大会に申し込むなんてなかった。山に登って誰かに話しかけられることもなかった。ジュンに蝶ヶ岳に行きたいと言って却下される体力のなさだった。ライティングのお仕事をもらうことなんて、ありえなかった。自分がやっていることを形にしたくて始めたYouTubeだったはずだ。いざ目の前に立つとなんだかよくわからなくなるのは、持久走大会でラストスパートが苦手だった自分の勝負弱さである。
まだまだクライマックスなわけないはずなので、もっと走り続けることをしていきたい。最近振り返りをしていないから訳がわからないのかもしれないな。年末に、ここまでの登山記録のデータをまとめてジュンと振り返ることにした。目標を立ててもやれることばかりじゃないけれど、考えてもいなかったことはきっとできないのだと思う。
9月から2025年の終わりを思っていれば、実際に終わるときに十分心構えができるだろうという理屈のもと、今からエモい気持ちの準備をしている。時間って相対的なものだからね。アインシュタインも言ってるでしょ。
私はあと三ヶ月で何ができるだろう。止まってしまった動画の更新を週1ペースに戻すのと、白馬岳のZINEを作りたい。YouTubeでASMRを見てる時間で本が読みたい。朝起きたらプロテインを飲んで夜は5キロ走りたい。お客さんと同僚に嘘のない誠実な社会人になりたい。山はそこそこ、登っていたい。私の生活を支えるのは山ではなく、街での営み。山はそこを彩る大事な要素だけど、山で生きる気はない。人と繋がれて、創作と繋がれて、家族と繋がれて、そういう場所だ。
こないだ白馬三山のNoteを書いて「文章が垢抜けてきたね」と褒めてもらったのに、雑多な文章を書いてしまった。3歩進んで2歩下がる、ほんとに人間って愛おしいですね。

