ペルーにサルカンタイトレッキングというルートがあります。これはペルーのアンデスの中にあるマチュピチュに向かう道の1つにあたります。3泊4日をかけて、サルカンタイ山を眺めながら歩けるトレイルなんですが、凄く綺麗なんです。サルカンタイ山は標高6271mで、かつてアイガー北壁を初登頂したオーストリア登山家の命を奪うほどの難易度が高い山で知られています。

サルカンタイの景色があまりにも素晴らしくて、天国にいるのかなあ?僕は死んでしまっているのかなあ?って本気で思いました。

マチュピチュに向かう多くの人は電車かバスで向かいます。歩いていく場合は線路沿いを歩いていくルートがあるんですが、この3つぐらいのルートがよく知られている方法だと思います。

僕が紹介するサルカンタイトレッキングルートは、ほとんど知られていないと思います。バックパッカーは線路沿いを歩いてマチュピチュに向かう人が多いと聞きました。もしも雨が降ったら、この線路沿いに生えている大きな葉っぱを傘代わりに使ってあるくようで、このルートをスタンドバイミーと呼んでいるようです。

サルカンタイトレッキングのような古代インカ道って、物凄い数があって、全て昔の人が作っているんです。その全ての道は、どこかしらの大きな都市に通じていて、歩いていると、古代人もここを歩いたんだと考え深い気持ちになります。

クスコという街からマチュピチュに通じているインカ道は、山の中全てのトレイルを合計すると10万キロを超えるほどの長さと言われています。

僕が歩いた時は、背負っている荷物が重すぎてグロッキー状態になってしまいました。おまけに顔もパンパンに腫れてしまって、結局マチュピチュへは行かずに帰ってきました。

この話をされると「なんでマチュピチュまで行かなかったの~!?」と後悔をしなかったのかを聞かれるのですが、全くしていなくて、目的は人の生活をみることなんですね。

ウユニ塩湖、ガラパゴス、イースター島、レンソイス、いづれも近くまでは行きましたが、どこも行ってないんです。

僕が人との触れあいを海外に求めることの1つに、日本に対して不信感とか不自然さを感じているのだと思います。海外に足を運ぶようになると、人間関係が美しいなあと、自然に見るようになって、日本人なりの感覚はプロパガンダに振り回され過ぎなんじゃないかって思うようになりました。

海外の人は皆、人間関係にリラックスしていて、人間通しの付き合い方が見ていて気持ちがよく、理にかなっていると思う場面が非常に多いです。

日本は民族、言語に多様性がなく、宗教観も薄いと感じています。それに比べて移民が沢山いるような国だと、色々な人種の人たちが街に溢れていて、みんな尊重されていて、みんな違って、みんないいという考えが定着しているように感じます。

こんな風に生きることができるんだ、と日本と異なる環境を発見したら、なんだか気が楽で、日本社会に生きていて本当に幸せなのかなあ?そうじゃない生き方があるんじゃないかなあ?って思う事が多くなったんです。

でも日本人というだけで信頼されたり、尊敬されたり、そういう場面に出くわすと国力のある国であることが解りますし、日本国のパスポートがあるだけで、色々な国にいけるという環境にあることが、本当にありがたい事なんだとも実感しています。それでも同じ場所に、根をはるよりも、色々な場所を転々として、色々な国で色々な経験をしていく事の方が、今の僕には生きやすいと思っています。だから今は29歳なんですけど、国際協力・ボランティア・これらのキーワードに関するような事に興味を感じていて、未来を考えてきたいと思っています。

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