前回は折立の登山口から薬師峠へのレポートをお伝えした。薬師峠のテント場で晩餐を楽しもうと思った矢先に雨に降られ、テントへと非難した僕たちは、それぞれに次の日の天気が良くなることを拝み寝についた。
隣りのテントからの話し声で起き、時計を見ると夜中の2時。おいおい静かにしてくれよ、と耳栓を忘れてしまった自分に腹立たしさを感じつつ、その後は寝ようと思っても寝つけない。
テントを叩く雨の音はしない。テントから這い出て夜空を見てみると満天の星空。天の川まで見える。おお!これは!と興奮冷めやらず、隣のテントに「起きてる?」と呼びかけると「は~い」と返事が。「出発しようか?」と聞くと「いいですね!」と返事。
涼しい風に包まれながらテントを撤収し、薬師峠のテント場を後にする。テント1つ1つがまるで発光体のように暗闇に浮かぶ様は、いつ見ても感動する。
星空は美しく、風も穏やか。静かな夜の中を歩いていく。不思議と暗闇が心地良い。これも独りではない山行の喜びの1つだ。
途中振り返ると、富山市の夜景がみえる。まだ3時過ぎというのに町があんなにも明るいことに驚かされる。
途中登山道に立ち止まってお互いのヘッドライトを消してみると、決して町では見ることのできない暗闇に包まれる。
空は数秒単位で色を変えていく。そして朝の空気は涼しく、気持ちよく歩きを楽しめる。
そうこうしているうちにヘッドライトを使わなくとも歩ける程に登山道が見渡せるようになる。
徐々に目の前の山容も明確になる。すると遠くに槍ヶ岳が見えた。
「もうちょっとこっち、いや違う、もうちょっと上」と被写体に動いてもらって槍ヶ岳を指さしてもらってパシャリ。被写体がとまってカメラマンが動いた方が効率の良いことは、このあと気付くことになる。
まずは目指すは黒部五郎岳と考えていた僕らは、北ノ俣岳を黒部五郎岳だと、大きな勘違いをしていた。黒部五郎岳まで薬師峠のテント場からは約5時間というコースを考えれば、目の前に迫る突き出た山が黒部五郎岳ではないことは解るはずなのに。
あれ?黒部五郎岳じゃない。と気付いたのは北ノ俣岳の脱力感満載の山頂標識を見て気付いた。
目の前に広がる黒部五郎岳までの山容はなだらかで優しい。赤木岳を手前にみて、その先2つの緩やかなピークが見渡せる。
こうして緩やかな3つのピークを越えていくとようやく目の前に黒部五郎岳が見えた。地図を見るとおおよそ300メートル登ることになる。ここまでの道のりはまるで天空を歩いているかの様。
黒部五郎岳の頂上付近から歩いてきた登山道を見渡す。ここまでおおよそ4時間。
黒部五郎岳へは一旦荷物をデポして登る。
こうしてようやく黒部五郎岳へ登頂。頂上標識が岩場に置かれていたので、これを持って記念撮影。
地図上にも書かれているが、360度の大展望。そうしてなんとも素晴らしい天気に恵まれ、周りの山々に見惚れる。
遠くには槍ヶ岳。槍ヶ岳はどこからみても、その山が槍ヶ岳であることがわかる格好良さがある。因みに指を指しているところが槍ヶ岳。
日本海から富山市、薬師岳、そして今歩いてきた登山道が全て一望できる。黒部五郎岳の頂上標識を高々と持ち上げて写真を撮影する人が多かった。
黒部五郎岳を後にした僕らは黒部五郎小舎へ向かう。たしかこの小屋に晩年の鬼窪善一郎氏が管理人をしていたんだよな~と考え深い。鬼窪善一郎氏の「黒部の山人 山賊鬼サとケモノたち」は山を奥深く知ることのできる書籍として名著なので、是非知らない人は読んで欲しい。
簡単な休憩を行い、黒部五郎小舎を後に。冷たい空気が流れてきて、雲行きも怪しくなってきた。
そうこうしているとあっという間に天候は悪化。そそくさと雨具を着込み三俣山荘へと急ぐ。
とてつもない雨に襲われ、テントを張ることを断念した僕たちはとにかく三俣山荘に逃げ込む。1階にいた三俣山荘の主人、伊藤圭さんに「2階だと飲食もできるしゆっくり休める食堂があるので、良かったらどうぞ」と優しく案内頂いた。僕は伊藤正一氏の「黒部の山賊」という書籍が大好きで、彼の息子さんが切り盛りする三俣山荘でゆっくりするというのも、大きな目的でもあったので「雨は降ってしまったけど、まあゆっくり楽しもう」と、これからの時間を三俣山荘にお世話になることも嬉しいひと時だった。
このあと、大雨に降られた登山客の方々が食堂に逃げ込んできて、大いに賑わった。僕たちと同じようにテント泊を検討していた方々の中には、「この雨の中でテント泊は厳しいね」という声もあり、18時までの間ずっとこの雨だったら山荘にお世話になろうと僕たちも軌道修正案を検討した。
ここ三俣山荘ではジビエシチューが人気だ。ただお腹を満たすわけではない。三俣山荘のサイトをみても解るとおり、ニホンジカの増加により高山植物が被害にあっているようだ。僕たちがジビエシチューを食すことで、少しでも自然を守る手助けが出来たらと思う。
三俣山荘で外の景色をみていると、奇跡的に雨が瞬間弱まった。「今だ!テント設営しに行こう!」とそそくさとテント場を決めて設営に成功。
今日は消灯まで三俣山荘の中で暖まらせて頂き、ゆるりと過ごすことに決めた。
17時にはお腹もぺこぺこ。今日のご飯は棒ラーメンに決めた。お酒も買い込み夜の時間を楽しむ。
食事タイムも終わって、お酒を楽しんでいると、この三俣山荘で出会った登山好きの人たちとの会話に花が咲く。僕たちの明日の予定は雲ノ平経由の高天原という話をすれば、「高天原はいいよ~」と泉質、気を付けた方が良いこと、ルートのことなど教えてもらう。
そうは言っても明日は一日中の雨予報。それも強風と豪雨が予想されるという。明日はこのまま新穂高温泉に下山かな、というコメントに、明日の不安は増すばかり。今回は雲ノ平、高天原を諦めるという選択肢もあるなあ、と考える。
三俣山荘で販売されていた日本酒。この大雪渓が旨いんだよ!とお酒の楽しみ方も教えてもらった。「山の酒」という枕詞がニクイ。後から調べたら安曇郡池田町に構える大雪渓酒造が作った地酒ということ。
高天原のこと、お酒のことなどを教えてもらった僕からは、ストレッチの方法を伝授させてもらった。皆さん登山をしていると、腰が痛いとか、膝が痛いとか、悩みがあるそうで、それが筋肉からくる痛みなのならば、こういうストレッチで瞬間良くなりますよ、という方法を共有させてもらった。
まさか山荘の中でストレッチ大会がはじまるとは思ってもみなかったと、友人は楽しそうに後日話してくれた。たしかにこの写真をみると何とも滑稽だ。
こうして消灯の時間となり、雨の中をテントへと急ぐ。テントの下はまるで川。明日はもっと強くなるだろう雨。なんとも残念な気持ちではあるが、明日の事はまた明日決めようと、寝に入った。