前回は大雨の為に三俣山荘で読書に耽っていた。動きたくてウズウズしていた僕らは、とにかく4日目の今日晴れることを祈るばかり。そして外から仲間の声が。
「うお~!凄い!鷲羽岳最高っす」
この一言で快晴であることがわかった僕は、テントから這い出て外の景色を眺める。
するとどうだろう。空には雲1つなく澄み渡るような景色が広がる。大雨に濡れに濡れたギア類を乾かすのにはうってつけ。今日は三俣から、笠ヶ岳という長い距離を移動する為に、少しでも含んだ水分を蒸発させて軽くさせたいと思い、ここは時間をかけて干すことに。
鷲羽岳を見ながら、昨日行きたかった高天原、雲ノ平への思いが募る。せめて雲ノ平だけでも改めて見ておきたかった。しかしながら、残り今日を入れて2日という限られた時間の中、この思いは来年に順延することにする。
まずは向かうは三俣蓮華岳。スタートしたのは朝の7時。地図上でみると約8時間の移動。おおよそ0.7カケで移動してきた僕らは移動時間は5時間とちょっととみて、到着目安は3時過ぎと計画した。後ろを振り返ると、鷲羽岳の雄大さと鞍部に位置する三俣山荘が見渡せる。
この景色を見るのもまた1年後になるだろう。「さようなら、そしてたくさんお世話になりました」と心で挨拶をして、三俣蓮華岳に向かう。
登っていくと、三俣蓮華岳がどんどんと近くに迫ってくる。青空とハイマツの緑のコントラストに、岩肌を携える三俣蓮華岳の景色が美しく、息をのむ。
双六岳方面から来た人、黒部五郎岳方面から来た人が、ここ三俣蓮華岳の頂上で、昨日と打って変わった晴天に心弾みながら、「今日はどこまで?」「今日はどこから?」と会話を交わす。
三俣蓮華岳は名前どおりに富山県、岐阜県、長野県の3県を分ける山であり、ここがまさに北アルプスの中央に位置する。
三俣蓮華岳を後にして、丸山を経由し双六岳へ向かう。ここの稜線歩きは大変気持ちの良いもので、約1時間をかけてゆっくりと緩やかな登山道を歩いて移動する。後ろを見ても、左右を見ても、前を見ても素晴らしい景色に囲まれる、この登山道は僕のフェイバリットコースの1つだ。
三俣蓮華岳が2,841メートルに対して、双六岳が2,860メートルだから、大差のない標高であることがわかる。この間の道のりが緩やかな理由の1つだ。
ここ双六岳から左へカクッと曲がって双六小屋へと降りていくのだけど、この曲りによってガラリと景色が変わるのが面白い。
道は平ら。ここが山の上とはなんとも不思議な気持ちになる場所だ。そして槍ヶ岳にむかって一直線に歩いていくのも、なんとも神秘的。
色々な場所で槍ヶ岳の頂上をつまんだり、指さしてきたが、この場所が一番つまみやすい。
相方はこの景色と不思議な登山道に気が変になってしまったようだ。
もう目の前は双六小屋という巻道分岐へ。ここは今日の行程の約3分の1というあたり。
双六小屋に到着した僕らは休憩をとり、朝方水を入れておいた尾西のアルファ米を食べる。最近の行動食定番はこの尾西のアルファ米で、朝起きてなるべく早いタイミングで、水を入れておく。そうすると1時間でしっとりとしたお米になっている。これをサイドポケットに忍ばせておき、お腹が空いたら食べて、仕舞って、また食べるというように活用している。
行動食で多く活用されているのはナッツや栄養バーが多いと思うが、こういった行動食と併用して、アルファ米を上手に取り入れると、満足感が全然違う。
双六岳から鋭角に右に曲がって、少々のアップダウンをくりかえし、笠ヶ岳へ向かう。僕は5年前、弓折岳手前の、弓折乗越という分岐を左に折れて新穂高温泉へと降りていったので、ここからは全て初めての山道となる。
目の前に見えてきたのは、なんとも力強い山容。じっくりと見てみると、歩いていくコースがうっすらと見える。
そうして近づくにつれて、今回の登山道で歩いてきて、みた景色にはない、力強さを感じる。それをみた僕は恐怖と感動が入り混じったような感覚を覚えた。
ここは秩父平というそうだ。僕はこの場所の虜になった。「すごい景色だ」
面白いのは、遠くからみると、立ちはだかる厳しさを感じるのだけど、秩父平に入ると急に優しくなる。
そうして登っていくとまた厳しくなる。
登りつめると、ぱっと景色が変わり、稜線歩きに変わる。この先は抜戸岳といい、ここまでくると笠ヶ岳まではあと少しのようだ。
お昼あたりになると、ガスがでてくる。そして風は冷たい。
連れが、ちょっと膝痛いっす。と故障を訴えてきた。痛みのかんじを聞くと、僕も同じような場所の痛みを体験してきて、その都度和らげる方法を確認していたので、「これ効くよ」というストレッチを教えた。
今回の考えられる痛みの原因は、膝にくっついている大腿四頭筋が、登山をする時の下りで使いすぎて固くなって痛むもので、ここをしっかりと伸ばしてあげることで、人にもよるけど固さが和らぎ、痛みも和らぐ。平らな岩場を見つけて、サーマレストのZライトソルを広げてストレッチを行うと、「おお!凄い!痛くないっす」と感動してくれた。
僕が持ってきたテントマットはインフレータブルのマットなのだが、こういう時にZライトソルのようなクローズドセル・マットレスは、非常に重宝していいなあ、と思った。
笠ヶ岳はなかなか姿を見せてくれない。笠ヶ岳までの道のりは山の稜線上をつたい、先へとつながっている。
見えてきた!笠ヶ岳。あと少し、時間通りに到着できそうだ。笠新道の分岐点があり、明日はここから降りていくことになる。
少し歩くと、急に右手の絶壁から男性がひょこっと姿を現した。「おおっ!」と驚き、「どっから登ってきたんですか?」と話を聞くと、笠新道から外れた道を登ってきたという。「近道だと思って登ってきてみたけど、危なくて仕方がなかったです。」と反省の色をみせていた。
抜戸岩と呼ばれる、なんとも不思議な岩の中を通っていく。
岩を抜けると、上の上のほうに笠ヶ岳山荘が見えた。あの山荘の少し下にテント場があるはずだ。ここで先ほどのひょっこりな男性と意気投合をして、あとで一緒にテント場で飲みましょうということになり、楽しみが増えた。
やっと到着!時間は15:30。あまり時間もないので、テントを張り、お金をもって、笠ヶ岳頂上を目指し、帰りがけにテント場代金とお酒を買って帰る計画をたて動き出す。ひょっこりな男性の名はダイスケくんという。彼も一緒に笠ヶ岳を目指すことに。
登っていくと、テント場が小さく見える。
まだここは笠ヶ岳頂上じゃないよ、という標識を目にした先には天空の城ラピュタのような、景色が。
ここは完全に雲の上。連れもダイスケくんも同い年ということがわかった。そして2人して遠くを眺める。若い2人とも多感な時期。色々と悩みがあるんだろう、と年寄な眼差しで2人をみる。
ここから見る槍ヶ岳~穂高岳の景色はさぞ素晴らしいだろう。雲で覆われてみることができないのが残念だ。
連れが「虹が出てますよ!」と先をみたらグロッケン現象が起きていた。10年近く登山をしているけど、初めてみるグロッケン現象だった。この現象をみて、昔の人は山に神様がいると信じたとか。
山小屋でビールを買いテント場につくと早速乾杯。山小屋からテント場への道のりは結構あって、テント場からトイレにいくのがちょっと大変。明日は早めにおきて、トイレを済ませる時間も考えて行動しなくてはと、起床時間を話し合う。
刻々と日は沈む、すると先ほどまで穂高連邦を覆っていた雲がなくなり、素晴らしい山容が顔をだした。
日が暮れるにしたがって景色はどんどん変わっていく。こんなにもリアルに時間を感じることは日常ではほとんどない。日が沈む美しさを味わう風習は、少なくとも僕が住むエリアの周りにはほとんどない。
だからこそ、登山は面白く、登山は貴重な体験だと思うのだ。
ダウンジャケット、ダウンパンツを着込むも、気温は0度近く。そして風も強い。晩餐会は早めに幕を閉じ、明日の朝一の移動の為に、疲れを癒す。明日は下山だ。荷物は軽いけど、なんとも寂しい。