奥秩父の山々が訪れる人に感動を与えるのは森林と渓谷の美しさおよび富士山や南アルプスの展望である。原生林や自然のままに残されている広葉樹林は、四季折々に変化する景色で私たちを楽しませてくれる。
雲取山から甲武信ヶ岳及び両神山は、じっくりと歩き山の自然を楽しむエリアとして人気が高い。奥秩父の山歩きを楽しむ秘訣は季節を上手に選ぶことだ。
春はカラマツの新緑と残雪の南アルプスの眺望が良い。明るい一ノ瀬高原から笠取山あたりを巡れば、大自然の春の息吹が体中に伝わってくる。作場平橋に車を置き、笠取小屋を経て笠取山へ登る周回コースがおすすめだ。
6月になると、十文字峠のアズマシャクナゲが満開となる。霧の森林に淡いピンクの大輪が群を成して浮かび上がっている。飛龍山や甲武信ヶ岳の戸渡尾根もシャクナゲが多い。
夏は、雲取山の稜線を歩きたい。ブナ坂から山頂に続く防火帯の草原は、黄色いマルバダケブキでいっぱいになる。シモツケソウやコオニユリも見つけられるだろう。鴨沢からブナ坂を経て山頂に至るコースは、比較的ゆるやかで夏でも登る人は多い。荒川源流の入川渓谷もゆっくり歩いて豊かな自然に触れてほしい。
秋は、紅葉の両神山へ足を延正したい。岩壁や天を突く岩峰に映える紅葉と青空を見ると、自然の美しさを再認識することだろう。白井差新道の広葉樹林はどくに見事である(例年10月下旬~11月上旬が見ごろ)。
冬の奥秩父は積雪量は比較的少ない。例年、1月下旬以降でも雲取山~甲武信ヶ岳の稜線で50cm~1mと考えてよいだろう。しかし、入山にあたっては本格的な冬山に近い装備が必要となる。
雲取山の登山・概要
雲取山は標高2017m、東京都の最高峰であり山頂から望む東京都心のみならず関東一円、丹沢、南アルプスの眺めは素晴らしい。富士山の展望も一級品だ。また奥秩父を特徴付ける原生林も随所に残り、豊かな自然は四季を通じて素晴らしい景観を提供している。
深田久弥は「日本百名山」で雲取山について「媒煙とコンクリートの壁とネオンサインのみがいたずらにふえて行く東京都に、原生林に覆われた雲取山のあることは誇っていいだろう。」と記している。
武蔵野の丘陵から続く山並が一点に集結する奥多摩の最奥部にあり、その位置は金峰山まで続く長大な奥秩父主脈の起点でもある。山頂に通じる尾根や谷には多くのコースが開かれ、春から秋はとくに登山者の多い人気の山となっている。
首都圏からのアクセスは良く、JR奥多摩駅を起点としては奥多摩湖畔からの鴨沢コース、後山林道から三条の湯を経るコースがある。また埼玉県側からは西武秩父駅、または秩父鉄道の三峰口駅を起点としての三峰神社コースが代表的だ。
1泊2日が雲取山を歩く標準プランであるため、山小屋の選択は重要である。山小屋初心者は食事付の雲取山荘、三条の湯がおすすめだ。さらに山頂には素泊り専用の避難小屋もあるのが心強い。
両神山の登山・概要
奥秩父の山々の中では、北方に位置する両神山は、標高2000mにも満たないが、鋸歯状の奇岩を屏風のように見せている岩稜は、どの方面から見てもすぐにそれとわかる。独立したような山容である。
両神山の山名の由来は、イザナミ、イザナギの2神を祀ってあるので「両神山」説、日本武尊が東征の折に、この山を八日の間見ながら旅を続けたので「八日見山」説などある。両神神社里宮には、八日見神社と書かれているものが多い。社務所では、日本武尊が筑波山から八日間かかつてこの山にやって来て登った、それから八日見山と名付けられたと説明している。いずれにしても、古くから信仰の山として地元の人々のくらしと密接に関わりをもってきた山であろう。そのため地名や石碑、石像など思いあたるものが多い。
最近は信仰の山としてよりは、1日2日のハイキング、とくに春の新緑、ヤシオツツジ、秋の紅葉を対象とした山として注目されている。登山道としては、日向大谷から表参道、八丁峠より八丁尾根を縦走するのが代表的で、白井差新道も広葉樹林の中を歩く、人気のあるルートになっている。中双里から梵天尾根を登るコースは白井差峠までが急登で歩く人は少ない。
両神山は展望に恵まれ奥秩父、西上州、佐久の山々などを始め、浅間山や条件がよいと北アルプスの一部も望める。山頂を訪れる際には、コースの地図だけでなく20万分の1などの地図も合わせ持つと、展望がより楽しいものとなるであろう。
甲武信ヶ岳の登山・概要
甲武信ヶ岳は長大な奥秩父主脈のほぼ中心に位置し、山梨・埼玉・長野、三県の境をなしている。深田百名山のひとつに数えられ標高は2475mある。山は深く谷は三大河川(信濃川、荒川、富士川)の源流域となっている。分水嶺となる尾根が3つの方向からこの甲武信ヶ岳をめざしており、大きな尾根はそのまま登山道になっている。北の十文字峠からは三宝山を経て、西からは金峰山・国師ヶ岳からの主脈縦走路、そして東からは雲取山からの長い連嶺が雁坂峠を経てこの峰に続いている。
甲武信ヶ岳に源を発する笛吹川東沢はナメ滝の流れと広葉樹の美しさで沢登りを志す者にとっては憧れのルートである。笛吹川は富士川となり駿河湾に注いでいる。東面の真ノ沢には東京湾に注ぐ荒川源流点の標柱があり、西面の千曲川源流には日本海へ注ぐ信濃川の水源地標が立っている。まさに奥秩父の中心どころか本州の要ともいえる山なのだ。国内の名山を訪ねる登山者なら1度は登りたいと考えるのが、この甲武信ヶ岳である。
登山コースは3~4日の山旅となる東西からの主脈縦走路が代表的である。1泊2日の日程なら小海線信濃川上駅から梓山、毛木平を経て千曲川源流をたどるコース、又は十文字峠経由のコースがある。中央線塩山駅、または山梨市駅からは西沢渓谷入口を経て戸渡尾根を登るコースもある。これらコースは、ほぼ1日の行程で山頂直下の甲武信小屋に達することが出来る。
三峰山の登山・概要
三峰山とは、雲取山、白岩山、妙法ヶ岳の三山を総称する山名である。(三角点としては三峯神社の北に三峰1101.5mがある)本来、三峰山の頂上というものはないが、最近では、三室神社のある一帯を三峰山と呼ぶようになっている。三峯神社の祭神は、イザナギ、イザナミの神である。これは、日本武尊が東征の時、勝利を祈願してこの2神を祭ったことに始まるとされている。
江戸時代には、観音院光雲寺として天台修験の関東総本山となり、寺の管理下になっていた。神社か寺かと迷ってしまうが、こうした神社と寺院の合併した形は、江戸時代までには、とくにこだわりなく各地にあったようである。それが明治初年、明治政府の神仏分離の命により、三峰山は、神山を選び、三峯神社となった。
三峯神社のシンボルは、おいぬ様だ。これは山犬ともオオカミともされている。この山犬信仰は、農業神と火難、盗難の守護神との両方を兼ねている。山犬は、山谷を越え、千里を走って、災禍の原因を除去してくれるものと信じられているためである。
こうした三峯神社も現在では、秩父湖を経て、三峰観光道路が通じている。マイカーを大駐車場に駐めれば、10分で神社に達する。
時間が許したら三峰山博物館、三峰ビジターセンターを訪れるとよい。また宿舎である興雲閣には入浴施設もあり、山の帰りに立ち寄ることもできる。
水源林と笠取山の登山・概要
笠取山は三角点こそないが、眺めの良さ、四季を彩る広葉樹林の美しさから、訪れる人は多い。山頂の南西に位置する分水嶺は、荒川、富士川、多摩川の三つの流域を分ける頂となっており、草原からは四囲の景色を爽快な気分で眺めることができる。アプローチは、車を利用できる作場平口と中島川橋口が便利で人気もあるが、塩山駅からのバスを利用し、新地平から雁峠を経てのコースも静かでよい。山小屋に一泊すれば、将監峠から唐松尾山を経るコースや、雁坂峠から奥秩父縦走路を経るコースなど充実した山旅を演出することができる。
笠取山周辺は、ブナ、ミズナラなどの森が、緑のダムとしての役割を果たす一方、新緑や紅葉の季節には訪れる登山者に自然の豊かな恵みを提供している。
奥多摩湖から西へ遡り多摩川が丹波川、一ノ瀬川と名を変えていく最上流一帯は山梨県に属するが、東京都の水道水源林として大切に管理されている。東京都水道局水源管理事務所が都民のおいしい水道水を確保するために、様々な努力を重ねてこの地域の自然を維持している。笠取山を中心とした「源流のみち」ハイキングコースも、水道局によって整備されているめずらしい地域である。登山口の作場平やこのエリアの中心である笠取小屋近くには、ログハウスのトイレが設置されている。
多摩川最源流の一滴を落とす水干には、東京湾まで138kmを示す標識が立てられており興味深い。