週末はどの山に行こうかな――。 高嶺の頂や秘境の道で非日常を味わう登山も好きですが、山里の歴史文化を探究するフィールドワーク的な山旅はもっと好きです。登山と“テーマ”を掛け合わせて、超個人的な視点と偏愛で楽しんだ山旅の思い出を、ちょっとずつ綴っていきます。
コロナで定着した「地域再発見」と「地元新発見」の歩き旅
春先のことです。なかなか顔を合わせることのできなくなった山仲間たちとオンラインで集い、山の思い出話で盛り上がりました。で、その時に話題となった「初めての山小屋どこだった?」が気になってしまい、なにか当時のことを確認できる記録はないものかとハードディスクの膨大な写真を漁ったり、メモが残っていないかと手帖をめくり返したりしたわけです。思いがけず、10年20年前の旅の写真なんかも見返す機会になって、登山を始める前後の懐かしい思い出にひたることになりました。
昨年から新型コロナウイルスの影響が大きく、思うように出かけられない気分なのは、みなさんも同じ心境でしょう。そんな中で、身近な地域の魅力を再発見する日帰りの歩き旅や、地元で新しい発見を求めるご近所大冒険といった楽しみ方が定着してきたように思います。首都圏の山域を歩きなおすよい機会だと前向きにとらえて、ぼくも東京近郊の低山再発見に勤しんだりして。
あなたの初めての山小屋、覚えてますか?
雲取山荘、三つ峠山荘、八ヶ岳の山小屋などいくつか心当たりがあったものの、どうやらぼくの初めての山小屋は「尊仏山荘」だったようです。表丹沢を代表する塔ノ岳、その山頂の一角に建つファンの多い山小屋。
その当時の思い出と言えば、紅葉の見頃が過ぎた夜の間にまあまあ雪が積もっていて、銀世界の山頂で迎えた朝が荘厳だったこと(軽アイゼンをザックに忍ばせておいてよかった)。何も知らずに小屋で食事をしていたところ、置物だと思っていたネコが急に動き出して驚いたこと(かわいい看板ネコでした、どうか安らかに)。山荘で仲間と待ち合わせていた常連のおじさんたちが、食材を持ち寄って鍋をつつくのが楽しみなんだとお裾分けしてくれたこと(今も通ってるのかなあ)。夜、雪が気になって表に出ようとしたところ、扉のすぐ表にいた雄シカに驚きつつも、立派なツノに変に関心したこと……。
なんだか久しぶりに塔ノ岳を歩きたくなってしまい、手繰り寄せたザックに準備を整え始めたのは言うまでもありません。
バカ尾根、富士山、相模湾、そして尊仏山荘
というわけで、ものすごく久しぶりの塔ノ岳です。以前は長くて単調なだけの尾根道だと辟易した記憶しかありませんが、久しぶりに歩くバカ尾根はとても楽しくて再発見の連続です。目に入る風景はすべて初めて見る景色のように感じるし、当時の自分はいったい何を見ていたんだと呆れながらも、天に昇る回廊に心躍るヒゲのおじさん。
軽快に登り上げて到達した標高1490mの頂は、360度のパノラミックな大展望。その眼下には朝陽が煌めく相模湾の海原が広がり、大山・江ノ島・富士山の神々(大山と江ノ島は男女神の両詣り、大山と富士山は親子神の両詣り)をいっぺんに遥拝できる贅沢さ。日本で二番目に深い湾たる相模湾と日本一高い富士山の間に、この山が聳えているわけです。
そして、目の前には懐かしの尊仏山荘。そうそう、ここに泊まったんだよなあ。
丹沢山「みやま山荘」のカレーでブランチ
早朝から行動すると時間にゆとりがあるし、気分的に落ち着くし、行動的にも選択肢があります。のんびりしていると、行動食だけでは足りないお腹が、にわかに主張し始めました。
そんなわけで、この先にある名物山小屋のひとつ「みやま山荘」で早めの昼食を食べようと、これまた久しぶりに丹沢山へ足を延ばすことに。
塔ノ岳と丹沢山をつなぐ登山道は、丹沢主脈線の一区画を成しています。高い樹木に遮られることのない素晴らし眺望を眺めながら歩ける、丹沢屈指の極上山上トレイル。まだ雪を残す富士山や南アルプスの眺めに励まされながら、天を舞うように歩を進めること1時間ほどで丹沢山に到着です。
みやま山荘の食事はとても評判で、ここに来たらカレーライス一択!と心に決めていました。売り切れでなくてよかったなあ。かなりお腹が空いていたようで、それはもう瞬殺です。撮れた写真はこの1枚ですから、どんだけがっついたのかは推して知るべし、です。
ひょんな思い出話をきっかけに歩いた久しぶりのバカ尾根で、思い出の山を再訪する楽しさを再確認した早春の出来事。今度は尊仏山荘に泊まって、相州の夜景でも楽しみたいな。
紹介した山 | 塔ノ岳 |
都道府県 | 神奈川県 |
標高 | 1,491m |
天気・アクセスなど | 塔ノ岳の詳細情報 |
紹介した山 | 丹沢山 |
都道府県 | 神奈川県 |
標高 | 1,567m |
天気・アクセスなど | 丹沢山の詳細情報 |
文と写真:大内 征(低山トラベラー/山旅文筆家)
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