01 | 私にとってYouTubeとは
2024年は、出会いの多い年だった。
私たちが山歩きJPのYouTubeを始めたのは、2022年1月1日。これでキリよく、まる3年の月日が経つ。友達同士での思い出の記録として始まったYouTubeだったので、始めた時の私たちに目標というのは特になかった。私たちのYouTubeは同じようにYouTubeをやる人と比較すると少し特殊。私たちは、元々ただ創作が好きで、(クオリティを問わなければ)小さい頃からずっと創作をやってきた人間だった。絵本とか、イラストとか、漫画とか、ブログとか、コラムとか、動画とかとか。それが今、題材が山になって、残す場がYouTubeになっただけ。創作をする理由と場所を手に入れただけで、目的のほとんどを達成していた。私にとって、YouTubeができること自体がYouTubeをやる理由だった。なので、「誰かに向けて」発信をしている気持ちが芽生えるのは、他のYouTuberさん達と比べたらかなり遅かったんじゃないだろうか。私たちが発信者として心が育ってきたのは、今年、2024年も終盤に入ってからの話なのだ。
「エッセイ集が出したい」と思うようになった。元々本が出したいという気持ちはぼんやりと持っていた。YouTubeを始めて2年目、それを口から出しても恥ずかしくないことのように思えるようになり、公に言うようになった。
「私は本を出したい人間なんだ」という気持ちを持って迎えた2024年。
02 | 10個の指標
3月ごろの話。職場の、全然好きじゃない先輩と何故かモーニングしていた。早く帰りたいなと思いながらも話を聞いていたらその人、なりたい自分像に近づくために、毎月10個の指標を立てて記録と振り返りをしているんだとか。その人のこと、仕事だと真面目すぎて嫌いだけど、それとてもいいなと思って、早速真似してみることにした。ちょうどその時思うところがあって。
私って元々は人にあんまり懐くタイプじゃない。ジュンみたいな距離の近い友達と特別な関係を築くタイプの交友関係で、広く浅くみたいなのがどうも苦手だった。深く仲良くならないなら、別に仲良くなる必要もないって感じで、割と閉じがちな人間関係を築いてたんじゃないかなって思う。
でも、そうやって枠組み決めるのってよくないなって思って、先輩に習って指標を立てた。真似して10個立てたので色々あるけど、そのうちの1つが「月に1回いつめんじゃない人に会う」っていうやつ。ジュンとか、彼氏とか、家族みたい人じゃなくて、少しだけ緊張しないと会えない相手に会う。ってこと。4月から始めた。
この指標、自分の性格を構成するために立てたんだけど、まさかこんなに山歩きJPにとって意味のあるものになるとはその時は思っていなかった。
03 | 人に会って生まれるもの
例えば、漫画家ありを先生との出会い。この記事にも書いたけど、この指標がなかったらそもそも最初の1回が叶わなかった。
例えば、柳原さんとの出会い。これも、インスタで声をかけてくれた子をご飯に誘って仲良くなり、その子に差し入れを渡しに高倉さんのイベントに行く、という流れで訪れた機会。
視聴者さんとの出会い。サンカクスタンドの感謝祭などのイベントに参加させてもらったから、今まで実態のなかった視聴者さんに会うことができた。
ありちゃんに会わなかったらサンカクスタンドにも参加できていないし、柳原さんに出会わなかったらこのコラムは始まっていない。もちろん、関わってくれたみなさんが本当に人柄がよく、私達がよりよくあるように助けてくれたっていうのが全て。でもその前に、自分が動かなかったら、こんな素敵な人たちのと関わることすらなかったんだなって思う。
04 | ジュンと私
その結果、ジュンとたくさんすれ違った一年でもあった。
本気でやりたいことができた。お互いJPが大事。でもその大事の形は微妙には異なる。3年目ともなって、その細部の違いに目が行き始めた。大枠一致している、今まで一致できていたから、お互い焦る。歩幅が一緒でも歩くペースが違う。私は一気に進むけど途中でサボる。ジュンはゆっくり着実に進む。でも結果たどり着くところは一緒。一瞬で切り取るとズレがある。その細部とか、一瞬とかを切りとって不安になった。
めちゃくちゃ話して、2人ともこの上なくJPを大事に思っていることがわかったし、その分自分のやりたいことの輪郭の解像度がまた上がった。
今私は、私のパートナーとしてジュンしかいなかったな、と思いながら3年目を終える。
私が突っ走ったとき最初は置いてかれたと不安になって、その後勝手に意味を見出して前向きになっている人。アウトプットのクオリティに私と同じくらいこだわってくれる人。めちゃくちゃ体力ある人。私ができないけど本当はできたいこと全部できる人。私に対してめちゃくちゃ謙虚な人。そしてめちゃくちゃ優しい人。
今まではジュンと私の世界だった。それが、外の世界と繋がることで、強制的に広がって、戸惑って、順応して、世界がもっと強固になった、そんな1年かな。
05 | 1人じゃない強み
今は私たちの世界観がどういうものなのか、言語化して教えてくれる人が周りにたくさんいる。私たちは、私たちらしい創作物を、自分たちからじゃなく周りの人から教えてもらう。人から教えてもらう私たちらしさってなんか変だけど、それが一番曇りがなく正しいような気がしている。
自分の輪郭なんて本当はグラグラで、落ち込んだりお腹痛かったりしたらすぐにちょこっと形が変わる。人から「こういうところが見たい」「こういうところがあなた達らしい」って言ってもらえると、自分たちはそうあればいいんだって思える指標になるんだってこと、3年目、他の人の意見を世界に入れて初めて知った。
それがブランディングだし、私たちが3年間で蓄積してきたもの。
でもそれって、youtubeだけじゃないと思う。普段の生活も一緒。心が平穏な時、私ってこういう人間ですって振る舞っていて、それを見て評価してくれている人たちがいる。自分の価値がぐらついた時「あなたってこういう人じゃん、だから大丈夫だよ」って言ってもらえる。そうやってまた自分を取り戻して歩いていく。『ヒミズ』で住田くんが言ってた。「なんだってわかる。自分のこと以外は。」みんな自分のことが一番分からない。
外の世界と繋がれたこと。それが私たちの2024年の大きな功績。
2022年は「始めた1年」
2023年は「広げる1年」
2024年は「つながる1年」
2025年はどうしようかは、2025年になってから考えてみる。
ずっと超えられなかった2022年の鳥海山を越える思い出の山行、「2024年秋の飯豊山」がやなさんと一緒の山行だったことも、少し意味がある気がする。
私たちはこれからも2人で山に登る。でも、誰かに協力してもらうこともある。それって彩りだから。人生の、そして物語の。なんだって色づいている方がいいはず、だからみんな紅葉が好きなんでしょ。