週末はどの山に行こうかな――。
高嶺の頂や秘境の道で非日常を味わう登山も好きですが、山里の歴史文化を探究するフィールドワーク的な山旅はもっと好きです。登山と“テーマ”を掛け合わせて、超個人的な視点と偏愛で楽しんだ山旅の思い出を、ちょっとずつ綴っていきます。

絵画をきっかけに歩く、福島の名峰

その山旅の始まりは、東京のど真ん中にある大きな“美術館”からでした。

好きな日本画家のひとり「東山魁夷」の企画展で、お目当ての絵を目の前にした瞬間から、ぼくの意識は東北の山深い峠まで飛んでいってしまったのです。

絵は、青く深いブナの森に秘められたひと筋の白滝が印象的で、タイトルを『青響』といいます。福島の名峰・安達太良山の登山口のひとつ「旧土湯峠」あたりのブナ林をモチーフにした作品でした。

山旅のテーマは「安達太良山×東山魁夷」

お気に入りの日本画の舞台をフィールドワークする――それだけで気分が高まります。テーマはもちろん「安達太良山×東山魁夷」で、地図より画集を眺めている時間が長かったような……。まあ本人以外にはよくわからないでしょうが、それでよいのです。登りたい山と自分らしい視点でテーマハイクすることを楽しみに、福島県へと向かいました。

土湯峠の周辺にはいくつかの湯宿があって、温泉好きにもよく知られている地域です。登山をしない温泉客でも散策できる「ブナッ子路遊歩道」が野地温泉のすぐ裏に広がっていて、ここが登山口でもあります。実を言うと、以前にも同じテーマでここを訪れたことがありました。その時は雨にぬかるむ山道に苦戦し、途中断念しましたが。しばらく忘れていたところ、うっかり六本木で思い出してしまったというわけです。

土湯峠から歩く安達太良山は、ピストンで7~8時間ほどのミドルコース。正しくは安達太良山ではなく“安達太良連峰”を歩きます。つまり、土湯峠から入山して鬼面山~箕輪山~鉄山を経て爆裂火口を横切り、いよいよ安達太良山の頂を目指すという“ピークの連なり”のトレイル。往復14kmほどあるかなあ。しかし、これがとても素晴らしいトレイルなのです。

土湯峠から安達太良連峰の最高峰・箕輪山までは、こんな感じに低木が生い茂る山肌を登って、下って、縫って、歩いて……。鬼面山と箕輪山の鞍部には低木で埋め尽くされた原野が一面を覆い尽くしています。ここまで東山魁夷が来たかどうかは不明ですが、しかしこの風景こそ『青響』のモチーフだったんじゃないかと、ぼくはひと目でそう思いました。

こんな風な推測がテーマハイクの楽しいところです。もしかすると、こんなところまで登ってきて見下ろしたのかもなあとか、実際に山登りをしながら空想登山する自由さ、勝手ながら妄想する面白さたるや。

稜線歩きの素晴らしさと爆裂火口の迫力と

さてさて、東山魁夷をきっかけにやってきた安達太良連峰ですが、荒涼とした鉄山から先にはこのコースならではの真骨頂が待っています。安達太良山のスタンダードなコース「奥岳口」からでは味わうことのできない凄まじい展望と、まるで異星にでも降り立ったかのようなスケール感に、すっかり心を奪われてしまいました。

ここを“惑星アダタラ”とでも名付けたくなるような地球むき出しの景観に圧倒されっぱなしの稜線歩きが、幸せなことに延々と続きます。大地を裂いた火口も、智恵子が言うほんとうの空も、もう最高です。

山旅のきっかけは東山魁夷の日本画でしたが、山歩きとしても達成感と充実感のある旧土湯峠からのトレイル。美術や絵画が好きな方は、ぜひ訪れる前に『青響』をご覧になってから訪れてみてください。作品の舞台はどのあたりなのか? ぜひ意見と酒を交わしながら山談義に花を咲かせたいものです。

あ、そうそう。画中の白い滝は、実はここにはありません。これまた別の場所で見たものなのか、あの白滝とブナ林の組み合わせは、東山魁夷の心象風景なんだそう。いつかはその滝をテーマに山旅しようかなあ、なんて考えたりしています。

文と写真:大内 征(低山トラベラー/山旅文筆家)

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