週末はどの山に行こうかな――。
高嶺の頂や秘境の道で非日常を味わう登山も好きですが、山里の歴史文化を探究するフィールドワーク的な山旅はもっと好きです。登山と“テーマ”を掛け合わせて、超個人的な視点と偏愛で楽しんだ山旅の思い出を、ちょっとずつ綴っていきます。
開運の岩戸詣でと、絶景の富士見ハイク
富士山は“見る”山だ!
なんて言いながら、まわりにある山々から眺め歩く富士見ハイク。これがまた楽しいんですよね。地図を見ると、富士山をぐるりと取り囲んでいる1000mに満たない低山、そして1500m~2000m級のミドルクラスの山岳まで、個性豊かな山々がたっくさんあることに気がつきます。
そんな山々の中でも“開運”を願うハイカーが訪れるのが、山中湖越しの富士山がことさらに美しい石割山。ピシっと割れた巨石の隙間を時計回りに三度まわると、運が開けるという神社がある――これがその理由のひとつです。
高さおよそ15mという大きな磐座が御神体となっていて、まさに“石割”という字面のごとき裂け目がとても印象的で。山の八合目付近に位置するこの石割神社に到着したハイカーは、一様に「おおお」と唸って笑顔になり、こどもに戻ったかのように巨石をぐるぐるとまわり出すのです。かく言うぼくも、初めて訪れたときはそんな具合でありました。
山旅のテーマは「石割山×天岩戸伝承」
この磐座には「天手力男命(アメノタヂカラオ)」という怪力の神さまが祀られています。すぐ下には大きな桂の木と御釜石という岩があり、そこに滴る石清水が桂川(神奈川県で相模川と名称が変わる)の源流だといいますから、その昔は水の守護や雨乞いを祈った祭祀の場所だったのかもしれません。
古事記などの記紀神話に登場する「天岩戸」の物語に、その天手力男命の活躍が記されています。内容を簡単に言うと、太陽神たる天照大神が岩に隠れてしまい世の中が暗闇となった大ピンチの時、天宇受賣命(アメノウズメ)とともに知恵を授かって天岩戸大作戦を実行したというもの。結果、岩戸から天照大神を引っぱり出すことに成功し、身を隠した岩戸を、はるか遠くにぶん投げたんだとか。怪力と開運の神だということで、いまではスポーツ選手に人気がある神さまです。
そんなストーリーを思い出しながら、山仲間が岩の隙間にスーッと吸い込まれていく様子を見ていると、なんだかもう戻って来ないような……いやいや、そんなことはありませんから、ぜひやってみてください。岩の裂け目は、幅50cm強といったところです。仏教ではこれを“産道”と見立て、生まれ変わりの修行を行ったりしますね。
こうした天岩戸伝承の地は、日本各地にあります。天孫降臨で知られる高千穂、徳島の神山や三重の伊勢などなど、ぼくは山を旅する中あちこちで見かけました。そんな中でも、登山と組み合わせて岩戸詣でを楽しむことができるのが、石割山のいいところです。しかも富士山の絶景付き!
神話を辿って戸隠まで!
天手力男命が投げ飛ばした岩戸は、もう二度と天照大神が隠れることができないようにと、ある土地に隠されます。この地を“戸隠”ということは、もうお分かりですね。
そんなわけで、石割山をきっかけに縁を繋げて旅するならば、戸隠を歩いてみるのが気分です。戸隠には五社(宝光社、火之御子社、中社、九頭竜社、奥社)からなる古い社があり、その中でも巨杉の参道の奥に秘された奥社は、修験の聖地として知られる戸隠山の登山口にある厳かな社。ここに祀られるのは、やはり石割神社と同じ天手力男命です。
こうして石割山からの旅路を振り返ってみると、想像でしか楽しむことができない神話の世界ですが、山とか地名とか神社仏閣などを繋いでいくことで物語上の関係性が“可視化”されていくように感じてきます。さあ、こうなってくると次なる山旅はどこに行こう!?とウキウキしてくるというもの。
戸隠とセットで訪れたい「尼厳山」
そこでオススメしたいのが、戸隠からほど近い松代にある尼厳山(あまかざりやま)。投げ飛ばした岩戸を探しに来た天手力男命が登ったと伝わる低山です。あらためて岩戸の隠し場所を探すためにわざわざ“登山”して、周囲を見渡したと伝わる山――それだけで知的好奇心が刺激されるではありませんか。同じ長野県にある「雨飾山」と一緒の読み方でありながら、こちらはなにやら意味深な感じがしますね。
戦国期には甲斐武田家の配下にいた真田幸隆が攻め落とした山城がありました。登ってみると北に大きく展望が開けていてものすごく見晴らしがいいし、向こうから攻め入る上杉勢の監視に使われたのでしょう。それよりもはるか昔、天手力男命はこの山頂から人を寄せ付けない高く険しい岩山を見つけ、これは最適だと“戸を隠した”わけです。
で、実は尼厳山の山中にも天岩戸があります。なんだか面白いですねぇ。こんな風に“神話”を辿ったり、それに関わる要素を探したり繋いだりして各地の山をテーマハイクするのも見聞が広がって楽しいものです。これを“山脈ならぬ文脈”を登るということで、ぼくは「文脈登山」なんて言ったりしています。
紹介した山 | 石割山 |
都道府県 | 山梨県 |
標高 | 1,412m |
天気・アクセスなど | 山の詳細情報 |
文と写真:大内 征(低山トラベラー/山旅文筆家)