ラップランドへの旅を決意したキッカケ
雨が降り続く。景色など無い。そんな一日でもワクワクした。夢だった世界に今自分が存在している事実は僕の胸の奥をズンズン刺激した。
高校3年生の冬、ずっと目指していた大学を受験することが出来なかった。死ぬ気で勉強したが届かなかった。僕は地方の大学に進学することになる。自分が思い描いていた未来の姿が突然、空の彼方ポイっと放り出されたような気分が続いた。授業に出席する日数はだんだんと減っていき、授業よりアルバイト中心の生活になっていく。そんな自分を変えたくて部活動への入部を考え始める。どんな部でもよかった。たまたまワンダーフォーゲル部という山歩き部に可愛い子を見つけた。「この部でいいや。」なんとも不純な理由で入部を決めた。しかしそれがきっかけで僕は山歩きという世界を知っていくことにはなるのだが。
北欧のトレイルの存在を知って
結局そんな理由で入部した部に馴染める訳もなく、僕は半年も経たないうちに辞めてしまった。あぁ、また以前の生活に逆戻りだ。自分を変えたい。そんな想いが毎日頭を駆け回る。日々SNSに書き込まれる友人の活躍はさらに僕を暗い場所へと引きずり込んでいく。自己嫌悪。だけどそんな僕の人生を変えてしまうような出来事が町の小さな書店で起きた。
それは北欧に果てしなく続くトレイルが存在するという記事だった。どこにテントを張ってもいい。どこで焚き火をしてもいい。もちろんトイレだって。その記事に掲載されていた高台の先から霞んだ地平線の先を見下ろした写真は今まで見たどんな写真より僕の心を強く突き動かした。
「この場所に行きたい!」強くそう思った。胸のど真ん中がカッと熱くなった。夢が出来た。世界が変わった。
北欧のロングトレイル
今回の旅で実際に歩いたルート。約650kmを歩いた。
世界でもっとも美しいと謳われるロングトレイルが北欧にはある。それが 王様の散歩道 の意味を持つ南北約450kmに伸びるKungsledenだ。その大部分が北緯66度より以北のラップランド地方に位置する。ルート上にはスウェーデン最高峰、標高2103mの Mt.Kebnekaiseが存在し、多くのトレッカーがトレッキングを楽しんでいる。その他幾つかのトレイルが北欧には存在している。今回僕はこのKungsleden 450kmと全長850kmにも及ぶ Nordkalottleden の一部200km 計650kmを歩いた。
2014年の夏、ラップランドの地へ
この旅の費用を貯めるためにアルバイトの日数を増やした。今までしてこなかった貯金をこの旅の為に始めたりもした。アルバイトを増やして学校へ行けなくなるのはいかんと思って授業も積極的に出席するようになった。友達付き合いは減った。でも寂しくはなかった。毎日ノートに北欧の想いを綴ったりもした。出会う人出会う人に北欧の事を聞いて回った。だんだんと夢が叶う気がしてきた。楽しかった。そして3年経ってようやくその夢を実現する時が来た。
2014年の夏、僕は夢にまで見たラップランドの地にいた。
北欧ラップランドでみた夢の世界
旅で用いた地図。広大で地形の変化が乏しいラップランドでは縮尺は10万分の1で十分である。
8月15日、旅は Kungsleden 南の出発地点、Hemavanから始まる。主にこの旅ではトレイル上に点在する小さな町で食料を補給しながら歩く予定だ。全ての日数の食料を背負う必要は無いものの、最も長い距離で200km先まで補給地点がないこともある。バックパックの重さが35kgを超えることもあった。
トレイルに入った初日から数日間は雨が降り続いた。ラップランドの雨は激しくはない。だが日本の梅雨の時期のようにゆっくりとした穏やかな雨が長時間降り続く。そして一日に四季があると言われるラップランドでは朝晩の気温が激しい。よく晴れた日はTシャツ一枚で行動できることもある一方、夏に雪が降ることだってある。夏真っ盛りの日本から飛び出してやってきた僕はこの気温の変化に少々戸惑った。
北欧で出会ったロングトレイル文化
「ヘイ!」
突然前から妙な掛け声で僕を呼ぶ声がした。遠くで他の大きな男性ハイカーが僕に大きく手を振っている。どうやら北欧ではこの言葉が一般的な挨拶であるらしい。なかなか面白い挨拶じゃないか。僕も大きく手を振りながら大声で「ヘイ!」と叫んだ。
そのまま挨拶を交わしすれ違おうとした途端、彼の大きな背中の後ろにぴったりくっついた幼い子供が現れた。まだ十歳にも満たない男の子だった。この後もたくさんの老若男女ハイカーとすれ違うことになった。自然は何も限られた人だけのものではない。この国は全ての人が豊穣な自然を愛し楽しんでいた。なんて素敵な国なのだろう。僕は少し嫉妬した。
初日は樹林帯の中を多く歩いた。すれ違うハイカーに聞いた話だと冬はこの森がゲレンデになるという。そういえば動いていないリフトを見かけたことを思い出した。きっと雪が降り積もる頃ここは多くのスキーヤーで賑わうのだろう。そしてトレイルはゲレンデがある樹林帯を抜け、森林限界の上まで続いていく。
ラップランドでみた日本との違い
ラップランドで出会った景色。霞むほど遠くまで広がる大自然に何度も出会った。
緯度が高く一年を通して寒冷なラップランドでは、森林限界が500mから600m程度の地点に存在する。僕は重く軋んだバックパックを背負いながら上へ上へと歩みを進めた。突然景色が変わった。「あの写真と同じ景色だ・・・。」樹林帯を超えた先には僕が3年間想い描いたウィルダネスが存在していた。どこまでも広がる緑色の絨毯。その中をうねるように流れていく氷河水。遠くが霞んで見えなくなるほどにその世界は広がっていた。
広大なウィルダネスにある自由
ラップランドでは太陽が沈まない白夜が存在する。
北極圏とは北緯66度より高い緯度に位置する場所のことを指す。夏は少なくとも一日以上太陽が沈まない白夜が存在し、冬は太陽が昇らない極夜となる日がある。8月であってもまだまだ太陽は遅くまで地平線の上にあった。そのおかげでハイカーは24時間歩こうと思えば歩けてしまう。どこまでも自由なラップランド。全てが思いのままだ。
初日は早めに寝床を探す。日本であれば主要な山脈での幕営地は指定されていることがほとんどだ。だがラップランドではどこにテントを張ってもいい。気に入った場所があればその場所にテントが張れてしまう。
歩いていると両端に大きくそそり立つ山壁が現れた。その間にテントを張れそうな窪地がある。「初日の寝床はここにしよう。」早速設営に取り掛かった。トレイルを外れるとラップランドの地面はスポンジのように柔らかいことが多かった。容易にペグは刺さってくれた。ここでのテント設営は思いのままだ。それでいてフカフカの地面は横になるととても気持ち良い。天然マットのおかげで毎日よく眠れた。食料のウエイトを軽くする為メインとなるご飯は乾燥マッシュポテト。北欧ハイカー御用達のトランギアにアルコールを注ぎお湯を沸かして食べた。
結局初日は雨が降り続いた。地図を見て今日歩いた距離をペンでなぞる。赤いラインが大きな地図の中に小さく書き込まれた。夢にまで見た場所に今存在する自分のことを思うだけで心臓が熱くなった。テントの中でニヤニヤしている僕。明日はどんな一日が待っているのだろう。期待と不安が入り混じる気持ちの中、僕は眠りに落ちていった。
●ならず者大学生北極圏650kmの旅
>プロローグ「挫折、葛藤、夢の発掘」
>旅の道中 〜前半〜「感動の出会い」