週末はどの山に行こうかな――。
高嶺の頂や秘境の道で非日常を味わう登山も好きですが、山里の歴史文化を探究するフィールドワーク的な山旅はもっと好きです。登山と“テーマ”を掛け合わせて、超個人的な視点と偏愛で楽しんだ山旅の思い出を、ちょっとずつ綴っていきます。
空海が“二度”登拝した山
先日、とあるメディアの取材を受けました。
その中で「今年登っておきたい山」というお題があったので、子年と関わりのある山や、2020mの山なんかとともに挙げたのが、この再度山。これで「ふたたびさん」と読みます。なぜ“ふたたび”かというと、遣唐使として中国に渡る前に空海さんがお参りした山で、帰国してから御礼参りするために“再び”登った山だから。
なんだか、知的好奇心を刺激されるエピソードですね。
初めてこの山域を歩いたときに、そういう歴史的ないきさつがあるのなら、ぼくもここでひとつ願掛けをして、それが成就したら再訪しようと心に決めました。その後、また再度山を歩くチャンスに恵まれ、無事に御礼もでき……。
十二支が最初の「子」に戻る2020年は、そういう“再”をテーマにする一年にするのもいいんじゃないかなと思い、今年また願掛けに行こうかなと思っている山なのです。
六甲は「渓(たに)」が良い ~前半は水辺を愛でる道~
広い山域をもつ六甲山地には、六甲山や摩耶山といった名の知られた山々が連なっており、どの山からも神戸の市街地と大阪湾がすぐそこに見えるのが大きな魅力。そして、再度山の登山口は、なんと新神戸駅から。六甲山地が“駅裏”に広がっているのです。
大きな都市と海、そして本格的な登山が楽しめる山。この三位一体のコンパクトな成り立ちには、ちょっと感動すら覚えてしまうほど。大都市と自然が連続的につながっていることが、神戸と六甲の大きなセールスポイントなのは間違いないでしょう。
新幹線を降りてそのまま登山を開始し、ものの5分も歩けば渓谷道となり、さきほどまで新幹線に乗っていたとは思えない豊かな自然に包まれます。連続する滝を遡るように遊歩道を歩くこと数分、眼前に迫力の「布引の滝」が迫ります。落差は40m以上。しつこいようですが、ここが新幹線の“駅裏”とは思えません。
このあたりを歩くたびにぼくが感じるのは、六甲は「渓(たに)」が楽しい、ということ。登山道は谷筋についていることが多く、そこにはせせらぎがあり、水辺にはハイカーはもちろん水遊びの親子だったりBBQや山ごはん目的の人が休んでいる光景は長閑でいい感じ。ストイックな山歩きとはいささか異なる、自然と文化(遊び)と自分の肉体が混然一体となっていく感覚に、心が満たされていきます。
そういえば、トレイルに付けられた名称が楽しくて、20回渡渉を繰り返すから「トゥエンティクロス」だとか、一度も使われなかった参勤交代の道「徳川道」だとか、小さな滝が連続する「カスケードバレイ」だとか、いちいちネーミングにセンスと親しみを感じちゃいます。そんなところにこの山の楽しさが表れているように思うのです。
ところで、宇佐八幡神託事件をご存じでしょうか。ここでは詳しく触れないので、興味のある人は調べてみてください。その主な登場人物・弓削道鏡の放った刺客に追われた和気清麻呂が“大きな龍”に救われたという「蛇ヶ谷」を抜けると、そこに修法ヶ原(しおがはら)と呼ばれる池があります。そのむかし空海が法を修めたという場所で、池の畔にはかつて貸ボートをしていたという小屋が雰囲気よく佇み、いまはフラワーアレンジメントのアトリエと週末だけ開くカフェになっています。せっかくなので、ここでひと休みを。コーヒーとマフィンが美味しかったなあ。
再度山に「亀石」を求めて ~後半は古の大師道~
修法ヶ原まで来れば、再度山はもうすぐそこ。山の北側から入って標高470mの山頂を踏み、港と街の素晴らしい展望を存分に楽しんだら、そのまま急な南側へと下ります。すると、そこに大きな磐座があることに気がつくはず。空海が手彫りしたと伝わる「亀石」が、じっとぼくら訪問者を上から見下ろしています。ぜひ、探してみてください。縁起がいいそうですよ。
そのまま下へ向かうと、和気清麻呂を救った大きな龍に因んだという「大龍寺」があり、ここを訪れた空海が歩いた「大師道」が、谷筋の小さな流れとともに神戸の街へと導いてくれます。
締めくくりは神戸の「夕景」で
大師道は、再度山荘の先で分岐します。時間があるなら、ぜひ諏訪山を経て「ビーナスブリッジ」を目指してみてください。このらせん状の歩道橋に立つと、元町から三ノ宮あたりを眼前に眺められます。本当にすぐそこに。綺麗ですよー。
タイミングがよければ海と街の夕景を、もしくは神戸の夜景まで楽しめるかもしれません。そんな時のために、ヘッデンは必ず持っておきたいところです。予備の電池もね。
紹介した山 | 再度山 |
都道府県 | 兵庫県 |
標高 | 470m |
文と写真:大内 征(低山トラベラー/山旅文筆家)