週末はどの山に行こうかな――。 高嶺の頂や秘境の道で非日常を味わう登山も好きですが、山里の歴史文化を探究するフィールドワーク的な山旅はもっと好きです。登山と“テーマ”を掛け合わせて、超個人的な視点と偏愛で楽しんだ山旅の思い出を、ちょっとずつ綴っていきます。
夏の雲と秋の空気を一度に味わう
毎年思うことだけれど、夏は本当にあっという間に過ぎ去ってしまいます。楽しい山行やイベントが盛りだくさんの夏もあったし、仕事に忙殺される夏もありました。気まぐれな空模様に翻弄される夏や、ぼーっとしてたら終わってしまった夏もあったなあ。で、今年はというと、
取材で山に入ることはあるもののイベントはほとんどなくて、ひどい雨雲が日本列島の上空に長大な帯となって居座り、新型コロナウイルスに翻弄され、気がつけばもうお盆を過ぎてしまいました。
夏山に思いを馳せる日々に、やはり心に思い浮かぶイメージは遠くの高い山でしょうか。緯度が高い北海道、標高の高いアルプスや八ヶ岳。しかし夏も後半になってくると、個人的には北関東の山域に心が飛んで行きます。8月末ともなれば、
そこはもうすっかり秋の空気。だけど白い雲は大きく、まだまだ夏を感じさせてくれもする。移りゆく季節の中に、夏の名残惜しさと秋を待ちわびる気持ちとがない交ぜになる時間……。きらいじゃありません。
水辺から頂を経てふたたび水辺に戻る、気分爽快な奥白根山の周回コース
そんな夏と秋とをいっぺんに味わいに行くなら、奥日光の山岳が狙い目です。たとえば日光白根山はどうでしょう。白根と名に付く山は各地にあり、それらと区別するためにわざわざ“日光”と付けて呼ばれる山。実際は、前白根山と奥白根山とで構成される大きな活火山の総称で、単に白根山と記載している地図や資料もあります。
この山を、北麓にある菅沼から登るコースが好きなんですよね。しばらく樹林を歩いて標高を稼ぎますが、ゆるやかになったと思いきや、弥陀ヶ池で急に視界が開けます。ゴツゴツした奥白根の山容が、ようやく眼前に現れる瞬間。静かな水面には、まだまだ青い夏の空とともに逆さ奥白根山が見事なまでに映し出され、この景色を見に行くだけでも気分爽快。お弁当でも持ってきて、畔でのんびりするのもよさそうです。
弥陀ヶ池を過ぎると、わかりやすい急登がはじまります。こういう道を黙々と登っていると、つい足下と頭上とを繰り返し繰り返し眺めるだけになってしまいますが、ときには後ろを振り返ってみましょう。麓に青い水を湛えた弥陀ヶ池の小ささに、ああ、ずいぶん登ってきたなあと充実した気持ちになるでしょうし、北関東から東北・上越へと続く山並みに、ああ、ずいぶん山深いんだなあと新しい発見をした気分にもなります。
岩の壁、雲の演出、そして“魔ノ湖”
山頂周辺は火山らしく、とにかくゴツゴツしていて起伏の激しい地形。すぐ向かい側の稜線に立つハイカーを雲中に発見したり、かと思えばその雲がさーっと抜けて、眼前に迫力のある岩壁が出現したりと、夏山演出家たる雲の動きに翻弄され、目をきょろきょろさせるばかりです。
そこに太陽の陽射しがふりそそぐと、それまで雲によって隠されていた五色沼がコバルトブルーに輝きを放っているではありませんか。まさに五色に変化するという火山湖は、閉ざされた山に秘められた宝石のような美しさ。深田久弥の『日本百名山』によれば、日光山志なる書物に“魔ノ湖”と記されていたのだとか。
五色沼から仰ぎ見る奥白根山が“魔王的”かっこよさ
白根山避難小屋を目指して下山すると、五色沼はすぐそこです。ひと休みするハイカーで賑わう楽園のような場所ですが、依然として“魔ノ湖”は神秘の雰囲気を漂わせています。じっと湖面を見つめていると、いまにも龍神が現れそうな雰囲気……。
背後には重厚な佇まいの奥白根山がどしんと構えていて、その迫力にいささか圧倒されてしまうほど。この水辺から仰ぎ見る火山の荒々しさと逞しさに畏れ多い“魔王”の姿を重ね、そこから“魔ノ湖”となった……というのは、ぼくの勝手な想像です。でも、それほどぴりっとした空気を感じるのです。
帰り道、ふたたび戻ってきた弥陀ヶ池は、五色沼とは対照的に優しくハイカーを出迎えてくれる雰囲気。先ほどまでの緊張感を解きほぐされた心境になり、そこでようやく頭上のトンボたちに気がつきました。山では、すでに秋がはじまっています。
紹介した山 | 日光白根山 |
都道府県 | 群馬県 栃木県 |
標高 | 2,578m |
天気・アクセスなど | 日光白根山 の詳細情報 |
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文と写真:大内 征(低山トラベラー/山旅文筆家)
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