週末はどの山に行こうかな――。

高嶺の頂や秘境の道で非日常を味わう登山も好きですが、山里の歴史文化を探究するフィールドワーク的な山旅はもっと好きです。登山と“テーマ”を掛け合わせて、超個人的な視点と偏愛で楽しんだ山旅の思い出を、ちょっとずつ綴っていきます。

生まれは栃木、修行は比叡――円仁、東北巡礼の旅に出る

生まれは栃木、修行は比叡――円仁、東北巡礼の旅に出る

前回の「小楢山×夢窓疎石」の流れで、山と所縁の深い僧侶をテーマにしようかなあと思い立ち、東北にたくさんの名刹を開いた「慈覚大師」こと円仁さんがぱっと頭に浮かびました。

天台宗を開いた最澄のもとで修行を重ねた人で、とくに東北生まれのぼくとしてはご縁を感じる憧れの存在(ちょっと言い過ぎか、笑)。

というのは、たとえば宮城は松島の瑞巌寺、岩手は平泉の中尊寺と毛越寺、山形は立石寺などなど、東北の素晴らしい寺院の多くがこの円仁による開山なのです。中でも「山寺」とも呼ばれる立石寺は、こどもの頃によく電車で遊びに行った思い出の場所。

いま、日本の各地へと山旅に出ると、その先々で空海(真言密教)と役行者(修験道)の名が耳目に触れること多々。これは、読者のみなさんも経験ありだと思います。しかし、天台密教が伝わる山に入ると、そこには円仁その人の名を見聞きすることが多いはず。

生まれは栃木、修行は比叡――円仁、東北巡礼の旅に出る

とくに円仁の故郷下野国より北の大地・東北は、かつて東国まで巡った最澄から思いを託された「約束の地」でした。その思いを受け継いで、円仁が北の国々を巡り歩き布教することになったのです。果たして、最澄が開き礎を築いた天台宗を、あまねく世に広めたのが円仁だったというわけ。日本各地の霊山に開かれた天台仏教の寺院は、現存するだけでも600を数えるとか。

ちなみに、没後、清和天皇によって贈られた大師号の方が、みなさんの耳に覚えがあるかもしれません。それによれば、円仁は「慈覚大師」と呼ばれていて、最澄は「伝教大師」と呼ばれています。ああ、聞いたことある!という人、いるんじゃないでしょうか。

福島に開かれた岩の殿堂「霊山」

福島に開かれた岩の殿堂「霊山」

そんなわけで、東北で仏教の影響が強い山を訪ね歩くと、あちこちに円仁の気配が残っています。その中でも印象深い岩の低山が、福島県伊達市と相馬市にまたがって屹立する霊山(りょうぜん)825m。ここは、とにかく楽しい山です。自然の造形美極まれり岩場の連続で、吾妻山・安達太良山方面の絶景よし、相馬市方面もよき眺め。

福島に開かれた岩の殿堂「霊山」

見所は、たくさんあります。名前のついた巨岩も眺めのいい展望所もたくさんあるし、密教ならではの祈りの痕跡も多数。特に「護摩壇(ごまだん)」は、荒々しい岩壁にえぐられるようにして造られたスリルと展望で人気。ここで吾妻山・安達太良山方面を眺めながらランチなんて、もう最高過ぎますね。

開山期は南岳山山王院霊山寺と称する山寺が、南北朝期には義良親王を奉じた北畠氏による国府と山城が、それぞれの時代を彩ったという物語が残っています。

アスレチック感抜群の低山は、山岳信仰の聖地

アスレチック感抜群の低山は、山岳信仰の聖地

山中には道標も踏み跡もしっかりついているので、親子登山で訪れる方も多いそう。アスレチック感覚抜群のトレイルだから中級者のトレーニングにも良さそうだし、初心者でも展望よし歴史よしの低山の魅力がパンパンに詰まったコースを堪能できます。

アスレチック感抜群の低山は、山岳信仰の聖地

ところで、地図や道標を見ると「日枝神社」とか「紫明峰」といった記載を見かけます。

「日枝」とは「比叡」さらに古くは「日吉」も同じ読みでした。これらはすべて「ひえ」と読み、つまり比叡山の山王信仰とつながっていきます。山王と付く地名に日枝神社(または日吉神社)を見かけることが多いのは、かつて比叡山の影響が大きかった場所だったと想像することができますね。

紫明峰についても、同じような視点で比叡山との関係をひも解くことができます。もともと比叡山はふたつのピークを持つ双耳峰で、そのひとつを大比叡、もうひとつを四明ヶ岳といいます。後者は四明岳とか四明峰とも表記されるので、ここの「紫明峰」との関連性も想像がつく、というわけです。

アスレチック感抜群の低山は、山岳信仰の聖地

おっとっと、そんなこんなで山中にたっぷり遊んで学んで、気がつけば陽は西へと傾くころ合いでしょうか。吾妻・安達太良の稜線の向こうへと落ちかける太陽に、さんさんと照らされた福島の大地。その美しさを目に焼き付けて、明るいうちに下山するのが得策。

偉人のお墓参りハイク

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そういえば、そのむかし、比叡山で「お籠り」をしたことがあります。その時に、個人的にご縁を感じていた慈覚大師に感謝を伝えるべく、比叡山の山中に墓所を訪ねたのです。ひっそりと静かな山中に眠っておられましたが、鳥居の奥には穏やかさとともにズシリとした重みとピンと張りつめた威厳ある空気が漂っていたことを、いまでもよく覚えています。

文と写真:大内 征(低山トラベラー/山旅文筆家)

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