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霜降る朝の贈りもの:ナナカマドの紅葉と銀の水筒

霜降る朝の贈りもの:ナナカマドの紅葉と銀の水筒

※この物語はフィクションです。登場する人物・山小屋は架空のものです。

やあ、今夜もよく冷えますね。どうぞ、もっとストーブのそばへ寄ってください。薪がはぜる音を聞きながら、温かいお茶でも飲んで一息つきましょう。ほら、うちの「おこげ」も、特等席の丸椅子の上で丸くなって、すっかり夢の中のようですよ。

十月も半ばを過ぎますと、この北アルプスの稜線はすっかり秋の深まりを見せます。ダケカンバの黄金色と、燃え立つようなナナカマドの紅葉が山肌を錦に染め上げ、息をのむほどの美しさを見せてくれる季節ですね。けれど、その華やかさのすぐ後ろには、冬の足音がひたひたと忍び寄っているのです。今夜は、そんな秋の終わりのころ、この霧ノ小屋の玄関先に届いた、少し不思議で温かな忘れ物のお話をいたしましょう。

霜降る朝の贈りもの:ナナカマドの紅葉と銀の水筒の挿絵

夕暮れの土間に落ちた、深いため息

あれは数年前の、ちょうど今頃のことでした。日中は雲ひとつない秋晴れで、抜けるような青空の下、赤や黄色に染まった谷が眩しいほどに輝いていた日でした。小屋の煙突から煙を立ちのぼらせ、夕食の支度をしていた頃、ガラガラと玄関の引き戸が開いたのです。

入ってこられたのは、六十代半ばとお見受けする、一人歩きの男性でした。背負ったザックは使い込まれ、足運びもしっかりとしておいででしたが、そのお顔には隠しようのない濃い影が落ちていたのですよ。山小屋にたどり着いた登山者というのは、どれほど疲れていても「やれやれ、着いたぞ」という安堵の表情を浮かべるものですが、その方はまるで、心の大切な一部をどこかに落としてきてしまったかのように、うつむいておられました。

「いらっしゃい。お疲れさまでした。よく晴れて、紅葉が見事だったでしょう」

わたしがそう声をかけて土間へ出ますと、その方は力なく小さく会釈をして、ザックを下ろされました。そして、絞り出すような声で、こうおっしゃったのです。

「……小屋番さん、すみません。途中の道で、銀色の水筒を見かけませんでしたでしょうか。古い、何の変哲もないアルミの水筒なんですがね」

その落胆ぶりに、わたしはただならぬものを感じました。山での落とし物は日常茶飯事ですが、その方の表情は、単に道具をなくした悔しさとは明らかに違っていたのです。

「水筒ですか。今日は何組かのお客さんが先着しておられますが、どなたも拾われたという話は聞いておりませんね。どのあたりで落とされたか、心当たりはおありですか」

尋ねてみますと、男性――木島さんと名乗られたその方は、途中の尾根の急登を越え、ナナカマドの群生が見事な鞍部で一本立てた、つまり休憩を取ったのだそうです。ザックのサイドポケットに差し込んでいたはずの水筒が、小屋直下の岩場に着いたときには消えていた、と。岩場でバランスを崩した拍子に滑り落ちたのか、あるいは休憩地点に置き忘れてしまったのか、振り返っても見当たらなかったということでした。

「引き返して探そうかとも思ったのですが、もう日が傾きかけていましたから……。山の鉄則を破るわけにはいかないと、諦めて小屋まで歩いてきたのです。ですがね、小屋番さん。あれは……あれだけは、失くしてはならんものだったのです」

木島さんは土間の上がりかまちに腰を落とし、顔を両手で覆ってしまわれました。その背中は、背負ってきた荷物よりもずっと重い後悔に押しつぶされそうに見えたものでした。

ランプの下で語られた、四十年分の山旅

夕食が終わり、他のお客さんたちが談話室で山の雑誌をめくったり、早々に布団へ潜り込んだりしたあとのことです。木島さんは一人、食堂の隅のテーブルで、冷めかけたお茶をじっと見つめておられました。

普段は滅多に人見知りなどしないはずのうちのおこげが、音もなく近づいていくと、木島さんの足元にすり寄って、小さく「ニャア」と鳴いたのです。そして、木島さんの登山靴の上にぽすんと前足を乗せ、見上げるようにして喉を鳴らし始めました。動物というのは不思議なもので、人の心の痛みが匂いのようにわかるのかもしれませんね。

「おや、おこげが珍しく甘えていますね。お隣、よろしいですか」

わたしは薬缶から沸きたてのほうじ茶を注ぎ、木島さんの向かいに腰を下ろしました。木島さんは恐縮そうに背筋を伸ばし、おこげの頭を優しく撫でながら、ぽつりぽつりと話してくださいました。

その水筒は、四十年前に木島さんが山歩きを始めたとき、当時の婚約者――のちに奥様になられた方が、初めての誕生日にプレゼントしてくれたものだったそうです。

「妻は体が弱くてね、険しい山には登れませんでした。それでも、私が山へ出かける朝には必ず、あの水筒に熱い紅茶を淹れて持たせてくれたのです。『私の代わりに、山頂の景色を見せてきてね』と言ってね。それから四十年、どこへ登るにも、あの水筒と一緒でした。定年を迎えたら、妻と一緒に麓のゆるやかな高原を歩こうと約束していたのですが……三年前に、病気で逝ってしまいましてね」

あちこち凹んで、塗装も剥げ落ちた銀色の水筒。それは木島さんにとって、単なる道具ではなく、亡き奥様の手の温もりそのものだったのです。今回の山行は、奥様の三回忌を終え、ようやく一人で再び山へ向き合おうと決意して登ってきた、いわば祈りの旅だったのだと木島さんは語られました。

「妻を二度、失ってしまったような気がするのです。不注意な自分が情けなくて、悔しくて……」

ランプの灯りに照らされた木島さんの瞳に、うっすらと涙が光っていました。かける言葉を選ぶのは難しいものですが、わたしはストーブに薪を一本くべながら、山の夜の静寂の中で、こんな話をいたしました。

「木島さん。山という場所はね、時に厳しい試練を与えますが、決して人から大切なものを奪い去るだけの場所ではないと、わたしは半世紀ここで暮らしてきて思うのです。とくに秋の山は、一年の営みをすべて包み込んで、静かに眠りにつく支度をする時です。昔からこのあたりでは、『山の神様は、秋の終わりに大切なものを元の場所へ届けてくれる』とも言われていましてね。どうか今夜は、ご自分を責めずに温かくしてお休みなさい。奥様もきっと、あなたが怪我もなく無事に小屋へ着いたことを、何より喜んでおられますよ」

おこげが木島さんの膝に前足をかけ、もう一度優しく鳴きました。木島さんはかすかに微笑み、「ありがとうございます」と小さく頭を下げて、寝室へと向かわれました。

朝の光と、玄関先に残された赤い枝

翌朝は、息を吸い込むと鼻の奥がツンと痛むほどの冷え込みでした。秋と冬の境目を告げる、初霜の朝です。外に出てみますと、小屋の周りのハイマツも、木道の板も、すべてが白い砂糖をまぶしたように霜で覆われ、凛とした静寂が漂っていました。

早立ちのお客さんたちを見送り、わたしが玄関先の掃き掃除をしようと箒を手にしたときです。引き戸の外、霜で真っ白になった木のベンチの上に、何かがぽつんと置かれているのに気がつきました。

「おや……?」

駆け寄ってみて、わたしは思わず息を呑みました。そこにあったのは、傷だらけの、けれど丁寧に泥を拭い去られた銀色のアルミ水筒だったのです。

そしてその水筒の横には、まるで添えられるように、霜の結晶をまといながらも鮮やかに紅く輝く、ナナカマドの紅葉した小枝が一本、置かれていました。まだ葉をしっかりと蓄え、艶やかな赤い実をたわわに実らせた、見事な枝でした。

水筒の下には、濡れないよう小さなビニール袋に入れられた、一枚のメモ用紙が挟まれていました。几帳面な、若い筆跡でこう書かれていたのです。

『昨日の夕方、鞍部のナナカマドの茂みの下で見つけました。岩の隙間に引っかかっており、落とされた方はどれほど心配されているだろうと思い、お持ちしました。夜遅くに小屋へ着いたため起こすのも申し訳なく、玄関脇に置かせていただきます。今朝一番で縦走路へ向かいますので、持ち主の方へお渡しください。大切に使われてきたことが伝わる、とても素敵な水筒ですね』

差出人の名前はありませんでした。昨夜の遅い時間に到着し、素泊まりの部屋で静かに眠り、夜明け前に出発していった、あの若者だったのでしょう。わたしが夜中に戸締りを確認したあと、そっと置いていってくれたものと思われました。

「木島さん! 木島さん、いらっしゃいますか!」

わたしは思わず、普段は決して出さないような大きな声で、小屋の中へ呼びかけていました。

身支度を整えて食堂から出てこられた木島さんは、わたしの手にある銀色の水筒を見るなり、その場に立ちすくみました。目を見張り、震える両手でそれを受け取ると、何度も何度も、信じられないというようにその冷たい金属の肌を撫でさすったのです。

「ああ……戻ってきた。私の、水筒だ……」

「早朝に出発された若い方が、夕べのうちに届けてくださったようですよ。ほら、このナナカマドの枝と一緒にね」

木島さんはメモを読み、胸に水筒を強く抱きしめました。その目から、大粒の涙がとめどなく溢れ落ち、朝の光に洗われた土間の板に落ちていきました。それは昨夜の悲しい涙ではなく、人の心の温もりに触れた、秋の陽だまりのような涙でした。

錦秋の山を下りゆく背中を見送って

木島さんは出発の際、そのナナカマドの小枝を大切そうにザックのサイドポケットへ挿しました。四十年の歳月を刻んだ銀色の水筒のすぐ隣に、鮮やかな赤い実と葉が寄り添うように揺れていました。

「小屋番さん、本当にお世話になりました。昨夜、あなたが言ってくださった言葉の通りでしたね。山は、大切なものをちゃんと返してくれました。それも、見ず知らずの優しい方の手を通して……」

玄関先で木島さんは深々と頭を下げられました。そのお顔は、昨日到着されたときとは見違えるように晴れやかで、新しい一歩を踏み出す力に満ちていました。

「どうぞ、気をつけてお下山ください。奥様と、そしてあのナナカマドの枝と一緒に」

「ええ、行ってきます。麓に着いたら、妻の仏前にこの枝を供えて、今回の山旅の不思議な巡り合わせを報告しますよ」

木島さんはしっかりとした足取りで、霜が朝日に溶けて輝く登山道を下っていかれました。その広い背中を、おこげと一緒にいつまでも見送ったものです。

山で落としたものが手元に戻るというのは、奇跡に近い幸運かもしれません。けれど、誰かの大切なものを思いやり、重い荷物になることも厭わずに拾い上げ、夜露の中で届けてくれる人がいる――山という場所は、そんな人の心の美しさを、澄んだ空気の中で際立たせてくれる場所なのかもしれませんね。

……おや、もうこんな時間ですか。外の風の音が少し強くなってきたようです。明日の朝も、きっときれいな霜が降りることでしょう。今夜は薪をもう一本くべて、火を絶やさないようにしておきますね。明日のあなたの山歩きも、どうぞ良き旅でありますように。暖かくして、ゆっくりとおやすみなさい。

次回の「山の来し方(こしかた)」は月曜日にお届けします。

語り部について

灯守の宗爺(ひもりのそうじい)

北アルプスの奥にあるという架空の山小屋「霧ノ小屋」で、半世紀にわたってランプの火を守ってきた語り部。夜、ストーブのそばで泊まり客に山の昔話や不思議な話を聞かせるのが何よりの楽しみ。小屋に住みついた三毛猫「おこげ」が相棒。

宗爺は、山旅旅編集部が生んだ架空の語り部です。この連載はAIの力を借りて執筆し、編集部が内容を確認して公開しています。

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